嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

何処(どこ)ーでん田圃ば耕すのに馬ば飼うとったもん。ところがさ、何時(いつ)んはたじゃい(何時ノ間ニカ)、馬ば一匹盗(お)っとられ、二匹盗っとられ、もう数(かず)ゆっしこしかおらんごといちなったて。そいが足跡もつかんごとして、どぎゃんわけでその馬がなくなるかわからんやったて。そいぎぃ、ある人が、

「こりゃあ、化け物(もん)の仕業ばい。化け物ば退治してやろう」と言うて、豪傑になろうと思うて、行きんさったて。そいで夜(よ)の目も寝ぇらじぃ(一晩中眠ラナイデ)、ジーッとうずくまって、物陰から見よんさったぎもう、夜中の二時頃なったぎぃ、眠むとうして眠むとうしてたまらんで、フラーフラーフラーフラーなんしゃったぎぃ、馬が壁、ゴトッゴトッて、蹴ぇ音のしたのにハッと耳に入(はい)って、あらっ。今眠いどんすっぎでけん、と思うて、ジイッと見おったぎぃ、小(こま)ーか子供のごたっとの馬ば見事に手綱を取って、引っ張って川さい行くちゅう。そうして、深み入(ひゃ)あって、見(み)事(ごて)ぇ馬の尻から手ば入れて、臓物(ぞうもつ)を引き出して食べ、馬は川に流(なぎ)ゃあてしもうた。

「あらっ。こいが、化け物の正体じゃったか。子供のごたあ、河童(かわっそう)じゃないかあ。こや河童じゃ」て言うて、「こりゃあ、待てぇ」て言うて、刀はひっ(接頭語的な用法)下げて、「お前(まい)の命はないと思えー」て、身構えた。そいぎぃ、そん河童が言うには、

「ああ、堪忍してくんさい。堪忍してくんさい。今度限りで絶対馬の腸(はらわた)どま尻から取り出しませんから、どうぞ命ばかりは助けてくんさい。堪忍してくんさい。堪忍してくんさい」て、恐ろしか頼んだて。この男はそれにもう、まいってしもうたて。

「ほんなこて、今からせんな悪さはせんか。皆が困っとっぞう」て、言うたぎぃ、

「そのかわり、命を助けてくんさるぎぃ、お礼に秘薬を教えします。河童の名薬を教えます。それはねぇ、土用の丑(うし)の日に、笹の葉を取って来て、一日で乾(かわ)かして、粉々にしてご飯とすり合せて、骨が折れた時には、その笹の葉ば粘ったとばペターッと貼るとさ、見事に折れた骨はつがりますよ。これをもう、誰(だれ)ーも教えたことなかけんど、あの、『河童の骨つぎ薬』です。どうぞ、それを大切に使ってみてくんさい。今からもう、絶対に馬は盗(と)りません」て、約束したて。

そいが河童の膏薬ちゅうて、ゆう効き目のあったて。

〔八三 文化叙事伝説(精霊)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P770)

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