三田川町曽根 古賀フユさん(明38生)
姥捨山に行くばっかいになっとったもようたんたぁ、
婆(ばば)さんが。
そうしたらその、馬のなたあ、親ん馬と子ん馬と一様にしとって。
太さも同(おな)しこと、みんな一様にしとって。そいけん、
「どいが親か。どいが子か」て、言うたりゃその、
その捨てられぎゃ行きよっ婆さんのその、
「そやあー、あさん。じきわかっやっかあ。食わせてみんさい」て。
「子は、よそろしか食う」て。
「親は食わん」て。
「食わんとが親くさい。食うとが子くさい」て、言いなったて。
そいから、その、丸太のぎゃん太かとの、
上もこっちもいっちょん違わんごとあったてじゃんね。そいぎ、
「どっちが上か。どっちが根か」て、言いなったて。
「そやあー、わかとっとじゃっかあ。
川(かや)あつけてんござい。根の方は早う沈む」て。
「上があがっ」て。
「そいけん、そりゃあ、わかとろうもん」ち。
「ぎゃん気の利いた婆(うんぼ)やんないもう、捨てんで良か」
ち言(ゆ)うて、う捨てんなかったちゅうて、話のあんね。
[大成 五二三A 親棄山 AT九八一]
(出典 未発刊)
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