嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 あの、婆ちゃんのねぇ、そいこそ小さい小さい、

今は昭和じゃいどん大正・明治ていうよいか、

まちょとばっか手前たあ。

そん時分に隣(とない)に孫兵衛さんていう人の

おんしゃったてじゃんもんねぇ。

昔(むかーし)ゃ、家(え)はこぎゃんふうに瓦家(かわらえ)の

立派(りーっぱ)か家(うち)ばっかいじゃなしに、

みんな藁家(わらえ)ばっかいじゃったもん。

そいぎもう、漏(も)っごとなっぎ何処(どこ)ーでん

その葺替(ふっか)えのあいおったと。

そいぎぃ、その時きゃ親戚から加勢(かせ)受けたい、

隣近所から加勢受けたいして、そうしてその、

造作加勢があいおった。

そいぎぃ、孫兵衛さんの叔母(おば)っちゃん方の葺替え造作ちゅうて、

「明日(あしちゃ)あは来てくいございのう」て言う。

使(つき)ゃあのあったもんだから、孫兵衛さんは早(はよ)うから行たて、

大きか家(いえ)じゃったけん、恐ろしか煤(すす)けて、

着物(きもん)も顔も手も真っ黒けになって、

そうして、その日は早(はよ)う終わったて。

そいぎぃ、夕ご飯どん全部(しっきゃ)あ近所の人達とご馳走になって、

帰りは重箱にみやげば入れて貰うて、

「こりゃあ、おみやげ。ぼた餅ばちぃっと持って行きござい」て言うて、

その孫兵衛さんはそいば貰うて、帰って来(き)よんしゃったぎもう、

そん時ゃ夜(よ)さい暗(くろ)うなったて、顔も手も真っ黒けたい。

そうして竜王(佐賀県杵島郡白石町)さい帰って来(く)うでちゃ

横手(佐賀県杵島町白石町)の思案橋ば通らんぎ

帰って来(こ)られんもんねぇ。あいどん、

「昔から思案橋に化け物のおっ」ち言(ゅ)うて、孫兵衛さんな聞いとんしゃったけん、

もう、ありゃあ、思案橋に来(き)たよう。

あいどん、ここば渡らんことにゃ家(うち)さい帰られんもん、

と思うて、オズオズ来(き)おんしゃったぎぃ、案の定ばい、橋ん下から、

「ぼた餅いっちょくれんぎぃ、うんば(オ前ヲ)うち(接頭語的な用法)食うぞ」

て、怖(えす)かごと声のしたて。

そいぎぃ、おろちいて(急イデ)ぼた餅ばズラッと、投げてやったぎぃ、

まいっちょ欲っしゃ足ばかわさんうち、今(こん)度(だ)あ反対の橋ん下から、

「ぼた餅いっちょくれぎぃ、うん(オ前)ばうち食うぞ」て、

飛びかかっごと言うもんじゃい、またいっちょ投げらしたて。

また橋ば行くぎぃ、またくいろて言うじゃろう。

また二、三歩行かんうち、また、

「またぼた餅くれぎぃ、うんばうち食うぞ」

そいぎぃ、泣こうごとあったいどん、もう怖(えず)うしてたまらじもう、

重箱ながらほたい投げて、イソイソイソで孫兵衛さんなそこば駆けて来(き)んしゃったて。

そいぎぃ、二、三間駆けて来んしゃった向こうは道で、

右手ん方は大井(佐賀県杵島郡白石町)さい行く。

そいから、左手ん方は廻里津(佐賀県杵島郡白石町)さい行く小(こま)ーか道の

クネクネ、クネクネ曲がった道の二手にわかれている所。

そいぎぃ、あの橋ゃどっちさにゃあ、て思案しよっ所じゃもんけん、

「思案橋」て、名が付(ち)いとっもんねぇ。

「思案橋」て、言うとよう。迷うとやんもん、

誰(だい)でん。どっちば通って帰ろうかにゃあ。

あいどん、今まで怖(えす)か目、孫兵衛さんの遭(あ)いんしゃったもんじゃ、

そりゃもう、太か道ば通るにこしたことなか。誰(だい)ないとん、

広か道ば行きよったこんな会(や)ーそんなもん、と思うて、

よし、大井さい回って行こう。太か道ば行こうて、こう決めて。

そうして、エッサエッサで急いで行きよんしゃったぎぃ、ボトーンボトーン。

ありゃ、雨ん降ってきたごたあ。

こりゃあ、急がんばたい、と思うて、急いで行きよんしゃったぎぃ、

向こん方にねぇ、あんざいーと(歴然ト)立派(りーっぱ)な着物(きもん)ば着てばい、

きれいか娘さんの、蛇の目ん傘もあんざいと見えて、

エッサエッサと急いで行きよんしゃっぎぃ、ありゃっ、

きれいか女(おなご)の行きよっよう、と孫兵衛さんの思(おめ)ぇんしゃったたい。

そいぎぃ、あん人と道連れして行こうだい、おつなおだい(追イツコウ)、

と思うて、小走りに急ぐばってん、急ぐぎ急ぐて、その女が急いで行くとじゃんもん、

いっちょん(ヒトツモ)追いつききらん。駆けて行たこんなおつなおうだいと思うて、

駆けて行たてもその女も駆けて行くちゅうもん。とうとうおつにゃあえんうち、

その女は何処(どこ)に消えたこっちゃい、見えんごといちなったちゅう。

ありゃあ、とうとうあの良か女と連れはできんじゃったよう、と思うて、

竜王さにゃ、孫兵衛さんな帰んしゃったて。

「ただいまー」ち言(ゅ)うて、家に入んしゃったぎぃ、

「あらー、今日(きゅう)はお父さん遅かったのまい、

大抵、待っとったばんたあ(待ッテトリマシタヨ)。

風呂どまじき入んさって良かごと沸(わき)ゃあとったあ。

きつかったろうのまい」ち言(ゅ)うて、お母さんの迎えんしゃたちゅう。

そいぎぃ、

「お父さん、汚れた着物はこの辺(へん)に置いて、風呂(ふれ)ぇ先入(い)んさい」

て、言われて、

「そいぎぃ、汚れとっけん風呂ば先にしゅう」て言うて、

そん時分な何処(どこ)ーでん共同(もやあ)風呂(ぶろ)じゃったもん。

「そいぎぃ、共同風呂に行きんしゃったぎもう、風呂ん蓋の重(おぶ)たさ重たさ、力まかせ、

「ヨイショ、ヨイショ」、もうあったけ力まかせ開きゅうですっぎぃ、

風呂ん蓋の重とうして開からんちゅう。

その風呂ん蓋の重たかったてばい。

恐ろしか重たかったて。

開からんじゃったて。そいぎぃ、帰って来て、

「風呂ん蓋ば開きゅうでしたぎぃ、重たかこと重たかこと、とうとう開けえんじゃった。

お前(まい)さん行たてみてくいさい」て、嫁くさんに言んしゃったぎぃ、

「そぎゃん重たかわけなかいどん。木の蓋じゃんもん、じき開かっくさんたあ」

て言うて、お母さんの行きんしゃったぎぃ、入口行きんさったぎぃ、

「ガオーガオー、ツルツルツルー、ザー」て、水ば流(なぎ)ゃあて、また、

「ガオーガオーガオー」て。ありゃ、誰(だい)じゃい先客のあって、

こりゃあ、お風呂に誰じゃい入っとっ。

今ー時分ぎゃん遅(おす)うに誰じゃいろう、

まあーだ入らじおっ者(もん)のおんしゃったとたい、

と思うて、お母(か)さんな帰って、

「お父さん、誰じゃいお風呂に入っとんさったばーい」と、言んさっ。

「そがんやあ。あいば一時(いっとき)待とっのう」て言うて、

囲炉裏に一時ばかい上(あが)って、

「もう上(あが)いやった時分ばん」て言うて、

孫兵衛さんな風呂場ん所(とけ)ぇ行きんしゃったぎぃ、

戸口に立ちんしゃったぎぃ、まあーだ

「ガオーガオー、ジャー」ち、水ばかかいよっ者のおるちゅうもん。

音の確かにすって。

「こりゃあ、空耳じゃなかろう」ち言(ゅ)うて。

こうして耳をほじくってもやっぱい、

「ガオーガオー」て洗うたい、ジャーて水かかったい風呂ん中でしおっちゅう。

「まあーだ風呂(ふれ)ぇ入って、長風呂入んにゃあ」言うて、帰んしゃったちゅう。

そうしてばい、

「まあーだ風呂入りんさんは、上っておいやらんじゃった」と言うて、

孫兵衛さんは奥さんと囲炉裏に当たいしよっうち

つん(接頭語的な用法)寝んしゃったて。

とうとう汚れたまま、その晩な風呂ぇも入らじぃ、入いそこのうてさ。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P824)

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