嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

山の恐ーろしか真木や杉が昼でん暗かごと茂った所のあったちゅうもん。

そこを皆、

「やじゃあ谷」ち言(ゅ)うて、

そけぇは、もうやじゃあ谷はねぇ、狐どんの棲み処(か)になっとったちゅうもん。

そこん辺(にき)ば通っ時ゃ誰(だい)でん怖(えっ)さ怖さで、

あぎゃんと、通いおったて。

そうして、やじゃあ谷の狐どま時々村さんも出て来(き)おったちゅうもんねぇ。

そうして、村の草履(ぞうい)てん下駄てん、そいから帽子てぇろうの、

全部(しっきゃ)あ持ってはって行くちゅう。

村に出て来ちゃあ持って。

時には着物(きもん)でん風呂敷でんばあ、

我がねぐらさい持ってはって行きよったちゅうもん。

そうして、その狐どま、やじゃあ谷の狐どまさ、

そぎゃんとば我が体に身につけて人を騙しおったとたい。

そうして、騙すことは朝飯前。

そうして、時にゃねぇ、人の家のかまどの灰など体につけて行たてさ、

ブルンブルンブルンちて、落とすぎぃ、雨のザアーザアー降ってきたい、

雪のチラチラ降ってきたいしおったもん。

そいで舌ばチョロチョロ出したい引っ込めたい、

出したい引っ込めたいすっぎぃ、

灯(あか)いのちいたい灯いのひっ(接頭語的な用法)

消ゆっちゅうもんねぇ、ぎゃんしおったて。

そうして、

「狐の嫁入り」ち言(ゅ)うて、聞いたごとあっじゃろう。

「狐の嫁入り」ち言(ゅ)うぎばい、桜の木の腐ったとばさ、

ないだけ長(なん)かとば口にくわゆっぎぃ、ほんに紋付きどん立派し着た人達のさ、

行列作って行きよんさったごと見えおったちゅう。

そうして、狐どんが人間ば騙しおったてよう。

そいぎねぇ、そいばっかいじゃなかったもん。

もう人間の中(なき)ゃあ入(ひ)ゃあてしまったとがあったい。

(そいが、狐に取い憑かれたていうもんじゃんねぇ。)

そいぎぃ、狐に取い憑かるっぎ人間なねぇ、もの言わんごとなってねぇ、

「町さい行くけん来(こ)んかあ」て、言うぎぃ、

「コンコン」て、言うてじゃんもん。そいぎぃ、

「あの、ただいまー」ち言(ゅ)うて、おっ母(か)さんの家(うち)帰って来(く)っぎぃ、

「ギャ、ギャ」ち言(ゅ)うて、喜ぶちゅうもん。

そぎゃん声しか出しえんごとその狐に取い憑かれた者(もん)はなって。

そうして、障子でんなんでん、ちぃ破っの破っ。

もう昨日貼ったばかいでん、じきもう、

ばいしゃぶいよった(バリット破ッテイタ)ちゅう。

ところがねぇ、人間じゃいけん、山にもおられじぃ、お家(うち)におっとじゃろう。

そいで、山さい帰たしゃあてさ、山ばっかい見ちゃ

「恋しい、恋しい」て、言いよったてぇ。そうして、ご飯どん食ぶっ時ゃ、

どがんして食ぶっかちゅうぎぃ、皿ん上ひっくい返(かや)ぁて、

ペロペロペロち言(ゅ)うて、舌で舐(な)めて食ぶって。

そいぎぃ、じき、

「ありゃあ、こん人、野狐からひっ憑かれとっ」て、わかって。

そいぎぃ、そこん家(うち)ん者な呪いばすっ者に頼んで、

「野狐ば離さじにゃあ。ごっとい、ぎゃん娘の、『コンコン』ち言(ゅ)うたい、

『キャッキャッキャッ』ち言(ゅ)うたいすっぎぃ、人にも恥ずかしかばーい」

て言うて、お経さんば頼みぎゃ行くぎぃ、和尚さんのお経さんば長(なご)う唱えんしゃって。

そうして、唱えんしゃってからねぇ、聞きんしゃっちゅうもん。

「お前(まり)ゃ、握い飯ば幾ら食うかあ」て、聞きんしゃって。そいぎ大方ばい、そん時は、

「十二食う」ち言(ゅ)うもん。

そいぎねぇ、赤飯のお握りば家(うち)ん者の十二も作って、

盆に載せて供えんしゃって。

そいぎもう、食うことの早(はや)かこと早かこと、

人間の食うとじゃなかごと狐に憑かれた者な食いよっとたいね。

ひーん舐むっごと食ってしまうちゅうもん。

その食ってしもうたい勢いに、和尚さんな数珠で、

「野狐、離れろ、離れろ。早(はよ)う離れろ。早うとれろ」

て言うて、お呪いした拍子に叩きんしゃったぎばい、

その野狐は離れていくちゅう。

そいぎねぇ、そぎゃんことのあって狐憑きは、

お呪いで離してやいよんしゃったちゅう。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P825)

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