嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしむかしねぇ。

長谷(佐賀県杵島郡白石町古渡の手前に長い谷がある)ちゅう所には、狐が棲みついとったちゅう。そうして、通う人ば騙すことがうまかったてぇ。白石(佐賀県杵島郡)から峠ばズーッと下って、そうして、昔々舟着き場のあっ所ば通って、そっから先ゃ、川の流れて片一方は山じゃったちゅう。そこば行く時ゃどぎゃんこってんその、長谷の一本道ちゅう。そいぎぃ、誰(だい)でん日の暮るっぎぃ、

「狐から騙さるっ」ち言(ゆ)うて。そいば昔から知っとったもんじゃい、誰(だい)でん日の暮るっぎ通(とお)ん者(もん)ななかったじゃん。

ところがねぇ、ある秋の日じゃったてぇ。秋の日は早(はよ)う暮るっもんねぇ。舟着き場のある茶店にばい、若(わっ)か者が一休みしておったいどん、そけぇは早うから女の客があったてぇ。そうして、

「ああ痛(いた)、ああ痛。お腹(なか)の痛かあ」ち言(ゆ)うて、きつかごたっふうじゃったてぇ。あったぎぃ、その若か者は優しかったもんじゃい、

「どがんあっとやあ」て、聞いたぎぃ、

「はい。私の持病の出て、しゃく持ちじゃっもん」て言うて、女の人が、「苦しか。苦しか」て言う。そいぎねぇ、その女が言うには、

「私の家(うち)は、ここのちぃっと先の方じゃっけん、あんさんが連れて行たてくんさっぎ良かいどん」て頼むて。そいぎぃ、若か者なむぞうげにゃあ(可愛ソウダネェ)、と思うてねぇ、背負(かる)うてその茶店ば出たて。

あったぎぃ、じき向こん方に灯(ひ)のついとっ家の見えたちゅうもん。あったいどん、

「あすこが家(うち)ばんたあ」て、その背負われとっ女が言うどん、行たても行たてもそこの家にとずかんちゅう。そうして、ようようして着いたて思うたぎぃ、背負(かる)うとっとば、背中から下ろしてみたぎ、そん若(わっ)か者(もん)な太ーか石ば背負(かる)うとったてばーい、ねぇ。狐から騙されとったとたい。女じゃなかったて。石背負うとったて。ぎゃんこともあったて。

今度はねぇ、「長んか谷の長谷の、狐ば退治さんばにゃあ。誰でん、きゃあくい騙さるっけん」ち言うて、力持ちのねぇ、親父さんがさ、

「どぎゃんこってん、退治してくるっ」ち言(ゅ)うて、その舟着き場の茶店にやって来たて。日暮れ時分から来たてぇ。あったぎねぇ、一時(いっとき)したぎ若い娘のその店さい来てばい、

「夜ん道は怖(えす)かねぇ。狐からきゃあくい(接頭語的な用法)騙さるってじゃっけん、一緒に誰(だい)じゃい行たてどまくんさんみゃあかあ」て、頼むちゅうもん。

そいぎねぇ、そのおんちゃんのねぇ、

「自分も長谷ば通っとよう。ちょうどよか連れして良かけん、お出(い)で」て言うて、二人連れ一緒にその茶店ば出たて。

そして、一時(いっとき)ばかいしたぎぃ、この女(おなご)は狐じゃいわからんにゃあて、おんちゃんの思(おめ)ぇて。ほんなこて女は狐じゃろう、て思(おめ)ぇよったぎねぇ、また女がもの言うたて。

「あんさんはお気づきじゃったですねぇ。今夜のところはどうか見逃してください。そんかわり私が良か物(もん)をあんさんに、お礼に上げますけん見逃してください」て、言うてやっもん。

そうして、ヒョロッと袂から徳利ば見せてばい、出(じ)ゃあて、

「この徳利は空(から)になすぎぃ、また酒のいっぱい溜っばんたあ。長谷の神さんに今入(はい)っとっお酒ばお供えして、新しか酒ばあんさんにお礼にやりましょう」て、言うてねぇ、「その徳利にいっぱいにしてあげます」て、言うてじゃんもん。

そうして、側にゃ、その道ん側(そび)ゃああった石に、

「あの、あとどいしころ入っといろう」ち言(ゅ)うて、残いの酒ば零(こぼ)し始めたて。

そいぎぃ、徳利からトクトク、トクトクちゅうて、良か音のして、酒の匂(にお)いのプーンてして、何時(いつ)まってんトクトク、トクトクて零るっちゅう。あったいどん峠の村じゃさい、おんちゃんな朝になってでん帰らっさん。

「ぎゃんこと、滅多(めっちゃ)なかいどんねぇ」て、家(うち)ん者(もん)も世話すっ。近所ん者も世話して、「もう、こりゃあ狐にどがんされとっいろわからん。探しゃ長谷まで行こう」て、言うことになって、近所者の四、五人と家(うち)ん者もつんのうて、長谷に来てみたぎねぇ。あったぎさい、道端の石に腰掛けて、おんちゃんのボヤーッとしておらすて。

「おんちゃん。一晩中も家(うち)さい帰らじぃ、こけぇ座っとったてやあ」言うて、近所ん者の言うたぎぃ、

「いんにゃあ、この徳利の空になっとば待っとう」て。「空になっぎぃ、『また酒ばいっぱい入れてくるっ』て、言う約束やっけん」て、そがん言わすちゅう。

そいぎぃ、迎いぎゃ来たもんなさい、全部(しっきゃ)あで、アッハーハーで笑うたて。

「何(なん)で、そぎゃん笑(わり)いよっとう。人をふうけ者(もん)のごとして」て言うて、「トクトク、トクトクて、まあーだそけぇほら、徳利の中の酒が零れよろうがあ」て、言うたぎぃ、

「何(なーん)、とぼけたごと言うてぇ。あの音のしおっとは、谷川の音たーい。お前(まり)ゃ,『狐退治しぎゃあ』ち言(ゅ)うて、行たろうがあ。あったいどん、うまいところ騙されおっとたい。ほら、『トクトク、トクトク』て言うと、ほんな側、川の流れおっ、あいの音ばい」て言われて、やっと気のづいて、谷川ば見たぎぃ、その谷川の流れおっ音やったて。

ささ狐ていうた、こぎゃんねぇ、うまく騙しおったてばーい。

チャンチャン。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P820)

標準語版 TOPへ