嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)
むかーしむかしねぇ。
川の淵にさ、ほーんに腰掛け物(もん)に都合の良かーとの石のあったちゅうもんねぇ。そいぎぃ、誰(だい)でん道を通ん者(もん)なさ、荷物ば背負(かる)うたまま腰掛けて、そこでは一休みしていきおったちゅう。
とかろがばい、ところがさ、この石が時々動きおっちゅうもんねぇ。そうして、時にゃ動き出した時ゃさ、人の荷物ば背負(かる)うたまま、川ん中(なき)ゃあちい(接頭語的な用法)落ちよったってぇ。かっかえ(落チル)おったてぇ、川に。そいぎねぇ、その土地の者な、その名主さんに、
「ありゃあ、化け物の仕業ばーい」て、誰(だい)じゃい言うてさ、
「あの化け物ば退治してくれんかい」ち、触れ出(じ)ゃあたて。そいぎぃ、一(ひと)人(い)の強そうな男がやって来てさ、
「私にぜひ、退治させてください。村ん人達の難儀ば除いてやっけん」ち言(ゅ)うて、やって来たてやんもんねぇ。そうして、そん男がねぇ、
「その石の正体ば見届くっぞう」ち言(ゅ)うて、泊まり込んで見おったてぇ。
そいどん、いっちょん変わったことなかてじゃんもんねぇ。ほんな石て。そうして、誰(だい)でんそけぇ、腰掛けて一休みしちゃあいくてじゃんもん。ところが、今日(きゅう)はポカポカ天気の良かあ日じゃったて。そうして、退治すっち言(ゅ)うて、来たもんじゃと思うて、渕の回いばユックイユックイ、その男は調べて回いよったて。そいぎぃ、大きな岩があったちゅうもんねぇ。そいぎ人にねぇ、
「こりゃ、ズーッとここにあったのかあ」ち言(ゅ)うて、通いおん者(もん)に聞いたぎぃ、
「はい、はい。ズーッと、ここにあいましたよ」て、言んしゃったあ。そいぎもう、
「不思議かにゃあ。不思議か岩にゃあ」て言うて、黒か色をしたいどん、模様があっような気がすっ、と思うて、男が良(ゆ)う、少しずつ見て歩(さる)く。そいが、ちぃっとずつ動きよっごたっ気のすっちゅうもんねぇ。そいぎまた、
「もう一晩泊まり込んで、良(ゆ)う見てみゅう」ち言(ゅ)うて、まあ一晩泊まって岩ばっかい見おったぎぃ、岩が動きおっちゅう。
「ありゃあ、岩がこの化け物じゃったばーい」て言うて、その大きな石ば抱えてさ。そうしてねぇ、遠(とう)か岩にねぇ、ぶっつけたて。そいから先ゃねぇ、その川に誰(だーい)も引っ込まれるような話は、とうとうなかったあ。
そいからねぇ、その男は皆からお礼言われて帰ったいどんねぇ、その男の嫁さんが、お産をして男の子ば生んだてじゃんもん。そうして、三つになった時分にねぇ、
「三つになったいどん、ものも言いえん。歩きもしいえんにゃあ」て言うて、ほんにその男もまた、嫁さんも、化け物退治に来た男よ。その男も嫁さんも、ものも言いえん、歩きもしわえん。ほーんに心配じゃったて。
そいぎぃ、五月の節供の昼過ぎにねぇ、その庭に出ていた男の子がさ、石を握ったて。そいぎぃ、そのものも言えんじゃった男の子がさ、
「おくれぇ。おくれぇ」て、言うたてじゃんもん。
「あらー、ものば言いゆっごとなったあ」ち言(ゅ)うて、恐ろしゆう夫婦して、近所の者(もん)まで喜んだて。
あったいどん(トコロガ)、そいがものば言い始めたぎねぇ、
「川へ行こう。川へ行こう」ち言(ゅ)うて、「もう、川へ連れて行け」ち言(ゅ)うて、どうしょうもなかて。そいぎぃ、
「ぎゃん言うもん。川さい連れて行こうだい」ち言(ゅ)うて、男がさ川さいその子ば連れて行たてじゃんもんねぇ。
そいぎぃ、ソロソロと歩きえんじゃったとの、川ん淵(ふち)までも歩いて行たちゅうもんねぇ。あったぎぃ、川ん淵まで歩いて行たて、ザブーンて、川に飛び込んでねぇ。ありゃあ、と思うたぎ背中は亀の背中やったてぇ。
「そりゃあねぇ、おっ母(か)さんが男の子ば折角生んだいどん、あの化け物退治」ち言(ゅ)うて、「亀の石んごとしとったけん、誰(だい)でん亀の背中に腰掛けたり、また化け物ば退治すっ」ち言(ゅ)うて、その子の父親が亀ばぶっつけてちぃ殺ぇたろうが。その祟いのきて、生まれ変わって亀の子が生まれてきて、とうとう川さにゃ、その子は亀の背中ば見せばっかいしながら、ドンドン奥深く行たて。
それきり見えんじゃったてよ。
そいばあっきゃ。
〔一〇五 自然説明伝説(石)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P796)