嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

恐ーろしかもう、聟さんが、「こいばしゅうい(コレヲシヨウ)」ち言(ゅ)うぎぃ、「ない」て、言うごと。嫁さんが、「あがんしゅうねぇ」て言うぎぃ、「はい。そうしゅう」ち言(ゅ)うて、いうような、檀那様は言うこと聞いて、仲ん良か仲ん良か、傍(はた)目(め)も羨しがるような仲ん良か夫婦のおったちゅうもん。あいば、喧嘩いっちょさせてみっぎ良かいどんにゃあと、思うたいどん、何遍ひっかけても、喧嘩はせんで、二人はもう、仲良しじゃったちゅうもんねぇ。

ところがある日のこと、他所(よそ)にお呼ばれから帰った檀那さんが、

「喉(のど)の渇いたあ。お前(まい)、瓶(かめ)から水ばコップ一杯汲んで来てくれんかあ」て、嫁さんに言んしゃったて。

「はい」ち言(ゅ)うて、お嫁さんが水瓶に水ば汲みぎゃ行こうで思うて、水瓶ばこうして覗きんしゃったぎぃ、きれーいか女(おなご)の水の表面に映っちゅうもんねぇ。あらーっ、恐ーろしか、大抵信用しとったいどん、あぎゃん所(とけ)ぇ女ば囲(かこ)うで、て思うて、もう、角出(じ)ゃあて、水ば、

「はーい」ち言(ゅ)うて、出しんしゃったて。

「そぎゃん意地悪せんで、良かじゃなっかあ」て。そいぎ嫁さんな、

「あんたあ、胸に聞いてんさい。何(なん)じゃい隠しごとのあろうもん」

「何(なん)も隠しごとなかあ」ち。「やぐらしか、相手(やあーて)にせん」ち言(ゅ)うて、ゴロッて寝んしゃったて。

そして翌日になっても、

「ああもう、ほんに胸くその悪うして歯痒(はがゆう)してたまらん。きゃあ(接頭語的な用法)くい騙(だみ)ゃあて、『お前よい良か嫁御おらん』ち言(ゅ)うて、空言(すらごと)ばっかいじゃった。あげん所に女ば隠(かき)ぃとって、思(おめ)ぇもよらんじゃったあ」て、もうブツブツ嫁さんな腹きゃあとったて。そうして、

「ああ、ほんに水ないと飲んでみんば。あんた、今度(こんだ)あ水は汲んで来てくんしゃーい」て、言うたぎぃ、檀那さんが水ば汲みぎゃあ行きんしゃったちゅうもんねぇ。そして水瓶ばこうして見んしゃったぎぃ、良か男の顔の映ったちゅう。

「ありゃ。家(うち)の嫁御は、ほんにゆうこと聞くにゃあ、と思うとったぎぃ、俺が機嫌ば取ろうで聞きおったばい。あがん所(とこ)に男ば隠(かき)ぃとったあ」て言うて、今度(こんだ)あ、「お前(まい)こそ間男しとったあじゃろうがあ」ち言(ゅ)うて、恐ーろしか腹かきんしゃったて。

「そがん覚えはなか。お前こそ、あの、隠し女(おなご)ばしとってぇ」て言うて、もう二人つかみかからんばかいの喧嘩じゃったて。

そいぎぃ、西隣からと東隣からも、

「あらっ。何事(にゃあごち)ゃろうかあ。珍しゅう声の高(たこ)うして、喧嘩どんしよっさっ。何事ゃろうかあ」ち言(ゅ)うて、両方から見ぎゃ来(き)んしゃったて。そいぎぃ、ジーッと聞きよったぎぃ、

「お前が間男しとっ」て。

「あんたが隠し女(おなご)しとっ」て、両方(じょうほう)から、

「何事じゃろかあ」て言うて、不思議がっとんしゃったて。そいぎぃ、

「可愛そうに、あぎゃん仲の良かったとば、ごっとい(イツモ。ショッチュウ)喧嘩されてどがんしゅうもあんもんかあ(ドウシヨウモアルマイネ)」て言うて、年寄いが中(なき)ゃあ入って、

「お前達ゃ、何ば二人(ふたい)連れそぎゃん膨(ふく)れとっとやあ」て言うて、聞いたぎぃ、

「うーん。歯痒してたまらん。女(おなご)ば隠しとんしゃったもんじゃ。そりゃ、私ゃ何(なーん)も知らんじゃった」て言う。

「ほんなこてやあ」て。

「いんにゃあ。そりゃあもう、ほんな作いでかし。我があの、間男しとったとばい」て、聟さんが言うもんだから、仲裁に来た爺さん達の、

「そいじゃ、二人わけば言うてみんさい」

「水汲みぎゃ行たてのまい」ち言(ゅ)うもんだから、二人連れねぇ、水甕(みずかめ)ん所(とこ)にその、年寄いが連れて行たて覗かせた。

そいぎぃ、自分達の顔のこう、見えたもんじゃいけん、今まで喧嘩しよったとはもう、チョッとおかしかごと、

「ほんに、そぎゃんこっちゃったと。我がどんが顔じゃったろうかあ」て言うて、仲ん良(ゆ)うなんしゃったて。

ふうけたことやったとよ、ねぇ。誰(だい)でん疑いの心を持つぎぃ、そんなにもう、自分の姿でんがねぇ、わからんごといちなってぇ、ねぇ。

そういうことです。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P612)

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