嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

熊さんというとのねぇ、

恐ろしゅうもう何(なん)の時ーでん、

「南無阿弥陀仏(なまんだあ)、南無阿弥陀仏」て、

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」て、

あの人は念仏男たあーいて言われて、

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」て、

何の時でん言いよんさった。

ご飯食ぶっ時も、

「南無阿弥陀仏、もうおしまい」て言うて。

「有難う」と言う時も、

「南無阿弥陀仏」て。

そうーして、

その人は、もうねぇ、良かこともしんさいどん、

悪かこともしんさっ。

もう、他所(よそ)の柿の木に柿がいっぱい生っとっぎぃ、

そいもチョッと失敬しゅうかなあ、と思う時も、

こりゃお祓いじゃっけんが、

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」て、他所の柿ば失敬しんさっ。

そんなふうでもう、

この男の子とを皆が余(あんま)り信用しておらんやった。

そいでも、その男の子の言うことにゃ、

「この仏さんの唱名の

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏しゃあが言うとくぎぃ、

私、極楽に行くばい」て。

「お前(まい)達ゃ、南無阿弥陀仏ば余い言わん者な、

極楽行きはでけん」て。

「我がもう、

こいしかほんなこて南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏て、

しょーっちゅう、

人ばつっこくってちゃ(小突キマワシテモ)、

南無阿弥陀仏て、言うぎぃ、

もう許しの得て良かあー。極楽に行く」て。

そのねぇ、

熊さんが何時(いつ)んはずじゃい、

ちぃ (接頭語的な用法、ツイ)死んだて。

そうして、

ズーッとあの世さいテクテクテク。

ところが、

熊さんが今まで随分沢山(よんにゅう)、

南無阿弥陀仏ば唱えたけん、こいば一遍でん忘れじぃ、

大きな袋に詰めといやったちゅう。

そして、

背中に大きな南無阿弥陀仏の入(はい)とっ袋ば背負って、

そうして死んだもんじゃい、

あの世さい行たぎぃ、

「私(わし)ゃ、極楽じゃんもん」て決めて、

テクテク、テクテク歩いて行きおったらね、

こう太か男のおって、

「今、そけぇ来(き)おっとは誰(だい)きゃあ」

て言うて、咎(とが)められた。

そいぎぃ、

「はい。私(わたし)ゃ、もう仕方なし冥土さい来ましたあ」て。

「そいぎぃ、

何じゃい太かとば我(わり)ゃあ背負(かる)うとっ。

そりゃ、何(なん)きゃあ」て言うて。

「ああー。これは私の今まで唱えてきた念仏でございます。

極楽行きの念仏でございます」ち言(ゅ)うて、言うたぎぃ、

「どら」ち言(ゅ)うて、閻魔さんが、こう担げてみたら、

フワーッて風船のごと軽かった。

「ありゃあ、こりゃあ丸(まあーる)か。

風呂敷ゃ太かったいどん、軽かなあ」ち言(ゅ)うて、

「こりゃ、味(み)のどんくりゃあ入っといや、

量ってみんばわからん」ち言(ゅ)うことで、

閻魔さんは、

「我が世にも、この世にもねぇ、

その、しい(粉フルイ)、唐箕(とうみ)あった。

仕分くっため、あれを持って来い。

唐箕を持って来い。鬼ども」て言(い)うて、

言んさったぎんたあ、

二(ふた)人(い)がかいで持って来た(きた)。

「そいぎ熊さん、あんたのこの念仏は、偉い軽かけん、

どんくりゃあ根のある念仏や」

「念仏でも実(み)のあっですかあ」て、聞いたぎぃ、

「もちろん、念仏にも味の入(はい)っとっよう」

「さあ、早速、仕分けろ」

て、言(い)うたら、

トントン、トントンて、風ば送ってしおった。

みーんな上さん吹き飛ばされて、

「あーりゃ、こりゃ、しいら(実ノイラヌ籾(もみ))ばっかーい」

ち言(ゅ)うて、見てみたぎさ、

たった一粒、コロッて、念仏の味の入(い)っとったあ」て。

「こりゃ、しいら念仏たい」言(い)うて、

「お前(まい)さんな、味の入(い)った念仏やなかあ」て。

「このいっちょう、味の入(い)っとったあ

何時(いつ)ん時じゃったかなあ。

怖(こわ)かお前(まい)にも覚えがあろう」て、言うたぎぃ、

「はあーい。私(わたし)ゃ、雷さんがいちーばん怖(えす)うして、

雷さんの夏になっぎもう、震うごと怖(えす)か。

そいーとこれぇ、もう末家(まつえ)から帰おったぎぃ、

にわーかにピカピカ、ドンドン、雨の、夕立のきて、

雷さんの家(うち)帰る前もう、落ちっごとピカピカしたもんだけん、

もう地面(じいじゃあ)に腹ばえになって、

『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、

さあ、南無阿弥陀仏』ち言(ゅ)うて、

あん時ゃ一生懸命念仏を唱えましたなあ。

あん時の念仏は、もう一生懸命じゃったあ。

そいじゃなかろうかあ」て、閻魔さんに言うたぎぃ、

「そうーだよ。そんくらいに熱心に唱える念仏じゃなしやあ、

味(み)のただ、

念仏は口まかせに言うたっても、味が入(い)っとらん」

て、言うことで、

「お前(まえ)さんな、余(あんま)い良かこともしとらんけん、

地獄行きだあ」て言(い)うて、地獄さいやられたて。

チャンチャン。

[四四二 閻魔の失敗]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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