嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 あの、ほらほら、てね。

あん達、皆知っとる。

あすこの吉田越えちゅう所(とこ)、嬉野越えちゅう所。

唐泉山(佐賀県嬉野市塩田町)ばこう来た所と、

こっちの山との境(さき)ゃあに凹(くぼ)った所のあすこが

嬉野越えていおうがあ。

あそこの所にねぇ、大きか蟒蛇(うわばみ)の棲んどってさ、

あすこば通る人達に、

「もう、ここは通らせん」て、言うもんで、

皆が難渋しとったてばい。

昔、あすこが通い道じゃった言うて。

往貫道ちゅうて、殿さんでんあすば通いおんしゃったてよう。

ところが、道ば、「我がとっ」て言うて、

邪魔して普通の者(もん)な通られん所たい。

そいぎねぇ、むかしむかし。

狸九さんという人がおって、

長崎で芝居ばして、

一生懸命長崎ン者ば賑(にぎ)あわせよんしゃったて。

喜ばせおんしゃったたい。

ところが、

お母さんが今にも死のうごとあんさっていう知らせのきたちゅう。

「こりゃあ、たまらん。もう芝居どころじゃなか」

て言うて、自分の芝居道具を風呂敷包んで、

やっとこしょっと背中に背負って。

そうして、

長崎街道から佐賀街道さい来(き)おんしゃったちゅうたい。

そいぎぃ、チットでん(少シデモ)速かごとと思うて、

トコトコ、トコトコ歩いて来おんしゃったぎぃ、

嬉野越ゆっぎぃ、美野(佐賀県嬉野市塩田町)のあすこが

狸九さんのお母さんのおんしゃっ。

狸九さんの家(うち)じゃっんもんねぇ。

私(あたい)どんが者、相撲取った所さ。

そこに急いで来よんしゃったぎぃ、

「もう、嬉野の湯町で、

もうあの山ば超ゆっ時ゃ真っ暗(くろ)ういちなっけん、

嬉野の宿屋でいっちょ泊まって行きござい。

とてもあすこまで、美野まで行きゆんもんねぇ。

湯どん入って一晩泊まって、明日(あした)早立ちしんさい」

て、言う者ばっかいちゅうもんねぇ。

あいどんもう、

狸九さんのお母さんが今にも死にんさろうごとあんもんじゃあ、

一生懸命狸九さんは急いでその嬉野越えに差しかかんさったて。

そうして、

越えかかんさいたぎぃ、

恐(おっそ)ろしか太かお爺さんの

髭(ひげ)の真っ白生(お)えたとの出て来て、

「ありゃ、狸九。ここは通っことなん」て言う。

狸九さんな、

「いんにゃあ。どうぞ、ここは通してくんさい。

私のおふくろさんの今死のうごとあんしゃっけん(アラレルカラ)、

ぜひ、ここば通してくんさい。お願いします」ち言(ゅ)うて、

もう地面ゃ頭をすいつけて頼みよったちゅう。

「そぎゃんやあ。

そんないば何(ない)ないとん、俺ば楽しませてから行け」

て、言うたちゅう。

あいたあ(シマッタア)、困ったあ、て思うたけんど、

今まで長崎の町のわくごと楽しませて来た。

お面やら道具やらも背負(かる)うとる

芝居道具のこの風呂敷に入っとっとば思いちいて、

ようーし、こいばしゅうど思うて、

お面ば被って娘さんの着(き)物(もん)ば着て、

「ほら」ち言(ゅ)うて、こうして見せたら

ほんに良か別嬪さんの、良か娘になったて。

そいぎぃ、蟒蛇(うわばみ)はビックイして、

「お前(まり)ゃあ上手ねぇ。ほんなもんごとあっばん。

人間ソックイたい」て、こう言うたてじゃっもん。

そいぎぃ、狸九さんな心の中で笑いよっ。

私ゃ人間じゃっとこれぇ、

あいどん、そこば言うぎ大事(ううごと)じゃっけん、

あの、得意満面にしてさ、

「上手じゃったろうがあ」て言うて、

得意な顔をして狸九さんは、

「そいぎぃ、通って良かろう」て言うた。

「うん。良か」て、蟒蛇は言うたいどん、

「狸九さん。お前(まり)ゃ狸だろうだい」て。

そいぎぃ、

「お前ゃ、世の中で何がいちばん怖(えす)かなあ」

て、蟒蛇が聞いたから、

「俺(おい)が怖かとは銭(ぜん)くさい(銭ダヨ)。

銭よい怖かとはなか。

もう銭がこりゃどがんでん、

人間でん何(なん)でんかんでんきゃくい(接頭語的な用法)騙すけん、

俺(おり)ゃあもう、銭がいちばん怖かとばい」

て、こう言うたて。

そうして、狸九さんな蟒蛇に向かって、

「私(あたい)がいちばん怖かとば教えたけん、

お前さんは何がいちばん怖かいろう」て聞いた。

「俺(おい)が怖かとや、

俺(おり)ゃあもう、煙草の脂(やに)がいちばん怖すか。

もうこいに会うぎぃ、もうひとたまいもなか(何モカノモナイ)」て。

「そぎゃんやあ。煙草の脂ぐりゃあに、『怖か』てのう。

俺が怖すかとは出んたい」と。

「そいぎぃ、ここ通って良かろう。

お母(か)やんのもう、今にも死んないどんわからんけん」

て、言うたぎぃ、

「そいぎぃ、通って良か」

て言うて、蟒蛇は許したと。

そこばサッササッサと、

急いで美野(佐賀県嬉野市塩田町)のお家(うち)さい帰んさったて。

そいぎぃ、近所の人達も家(うち)ん者も、

「良(ゆ)う帰って来た」て、言うたいどん、

「お母さんのほんな今、死んござったてぇ」ち言(ゅ)うて、

全部(しっきゃ)あどめ泣きんしゃったて。

そいぎ狸九さんも、

「折角会おうで思うて、芝居は中途半端で来たとこれぇ、

お母さんは言葉はいっちょん交わさじぃ、

ちぃ別れんばやったあ

(「ちぃ」は接頭語的な用法。別レナケレバナラナカッタア)

ち言(ゅ)うて、狸九さんも泣きおったぎぃ、

屋根ん上から、ジャラジャラジャラジャーて、怖かごたっ音のしたて。

「あら、何(なん)じゃろうかあ」て言うて、

皆が泣き泣き見てみたぎぃ、

お金の屋根の上からもう降ること降ること、降ってきおっ。

そいぎ狸九さんは、

「ああ、大暴れの敵(かたぎ)討(う)ち」て。

こりゃあ、

何(なん)のことじゃい内輪の者(もん)なわからんじゃったいどん、

あの嬉野越えでうち明け話をしたことを思(おめ)ぇ出(じ)ゃあて、

ほくそ笑(え)んでおらしたちゅう。

そうして、狸九さんは恐ーろしか貧乏な暮らしじゃったいどん、

今はねぇ、御殿ば建っごと分限者になんしゃったてよう。

そいばあっきゃ。

[四七一 何が怖い(cf.AT五六六、一〇〇二)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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