嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある所に一(ひと)人(い)の男が、恐(おっそ)ろしか鼾(いびき)で、鼾かくちゅうて、評判の男がおったてぇ。

そいぎぃ、そこに泥棒の行たてじゃんもん。あったところが、もうグウーグウー、もう怖(えす)かごたっ太か鼾の聞えよっちゅう。あらっ、こや、泥棒に来たいどん目覚しとらすとやろうかにゃあ、と思うて、しばらく様子ば見おったいどん、どうも、寝入っての鼾んごたっ、と思うて、こいしめしめと思うて、ソーッと、金入れどま何処(どけ)ぇあろうかにゃあ、と思うて、手探いで暗すみ入ったぎぃ、そいぎ鼾の酷かちゅう。箪笥ばこりゃ開けてみんばあ、と思うて、音んすっけんと、あの鼾ばいっちょ止めんばと思うて、自分の手拭ばクルクルっと丸めて、その寝とっ鼾に押し込めたぎぃ、そいもわからじぃ、眠っと。ああ、しめしめ。こりゃ、もう、仕事をユックイさるっ、と思うてその、泥棒はねぇ、箪笥ば引き出(じ)ゃあて、大(お)風呂敷(びろしき)ば広げてそれに着物(きもん)ばいっちょ置き、二つ置き、沢山(よんにゅう)重ねて括(くび)いよったて。そうして、金庫どま探(さぎ)ゃあて、お金どまタンマリそけぇあったとば、あの、袋に入れたあて。そしてしめしめ、良かったあ。鼾ゃかきよらしたいどん、寝とらしたあ。

あいばってん、あらっ、あの手拭ば持って来んぎぃ、泥棒の来たと思わるっ、と思うてねぇ、もう裏ん戸口に大風呂敷ば置(え)ぇてから、その手拭ばこう取ったぎもう、今まで溜まっとった鼾の、山の引っ繰い返っごと、戸でんガタガタいうごと、ワァーワァ、ガァーガァて、鼾のしたて。そいぎぃ、泥棒の方がビックイしてねぇ、ちんちろ舞(み)ゃあ(大慌テ)してちん(接頭語的な用法)逃げたちゅう。

そいばあっかい。

〔三八二 鼠経(類話)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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