嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

ひとりの樵【きこり】さんがおりました。

もう山に何時【いつ】も、もう楽しんで行って、木を切り倒して

いました。その樵さんがねぇ、もう、

とてもいい樵さんだったけど、

この方の流行【はやい】病いで

風引きがもとでポッカリ死んだて。

そして、その死ぬ前に自分の息子さんにねぇ、あの、

「ここの家【うち】の後継ぎをしておくれ」て。

「私【わし】はねぇ、前の山に、

何時【いつ】もはあの山は大きい山だから、

何時【いーつ】でも、あの、あつこの木を切っていた。

お前は、あつこの山の木を、

私【わし】もまだ幾らでも材料のいい木は立っているから、

お前の山にしていいよ。

だけどもね、隅の方は、回りの隅の方にも木は生えているけど、

その回りの、なんらかの木は切っていいけど、

隅の方の木は決して切っちゃいけないよ」て。

「もう、これはね、お父さんが遺言として言っているから、

回り木は切らんで、何時【いつ】も、

あの前山の木で働いておくれ」て、言って、

お父さんはポックリ死んでしまいました。

そうすると、

「親父があんない言ったから、

まあー樵という仕事は私【わし】はしたくないけど、

親父があんなに言ったから、前の山に行こう」と言って、

毎日材料は鋸【のこ】でも何【なん】でもあるから、

息子も親父がしていたように山にばっかり行って、

そのうちにねぇ、その息子ズーッと木を倒しよったら、

なにげなく知らず知らずに、

あの、その端の方の木を切てしまったんです。

そうすっと、その木を端の木だったとみえて、

その木をポンポン、ポンポン飛んで行くですねぇ。

倒るっじゃなし、飛んで行くじゃん。

「あれ、あれ」ち言【ゅ】うて、今度倒したのを、

もう飛ばせないぞ。そいが端の方の木だったとみえて。

また空高く飛んで、ああ、捕まえんばと思うて、

根元にシッカリ抱きついた。

もう少ーし遠い所【とこさ】ん飛んで、バターッと今度倒れた。

ありゃあ、この木もこんな遠い所まで飛ばされたあ、

と思うて、その木をズーッと抱き起こして、

こうして見たら、その木の下ん方に、鏡が真二つに割れたて。

鏡が、あらーって、その割れた鏡を手に取って、

自分の顔を映して、僕も、もう年取って親父にソックリなったなーあて、

しげしげその鏡を持っていたらねぇ、その鏡がもの言ったんですよ。

「あなたさん、何【なん】でもお困りのこと、私がお助けします」

「あら、お前は不思議な鏡だなあ」て、

その息子さんは言ってねぇ、もう家【うち】に帰っても、

誰【だーい】もいない。夕方、腹が減ったあて、

適当にお家【うち】に帰ったら、

チャーンと夕飯の支度をして、あって。

ああ、鏡がしてくれたなあ、と思って、

それからは鏡に甘えて、

何【なん】でもいろいろ困ったことのありさえすれば、

その鏡に訴えていたんです。

そのうち鏡が何でも出してくれるもんだから、

ああ、私【わし】もお城のような所に住まってみたいなあ、

て思ったらねぇ、目の前にお城ができた。

そうして、そこにお姫様が座っていて、

そうして、その男もお姫様と結婚して、幸せに暮らしたちゅうこと。

そいばっきゃ。

【そいを先がちかっとあるわけですけど、

何【なん】かあるけど、そいを忘れた。

そいで話さじおったばってん。

結婚する前に何【なに】かあるわけ。そんなのをわすれとっ。

〔一八一  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P458)

標準語版 TOPへ