嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

むかーしむかし。

田舎にたったひとところ、

タップイ熱いお湯が沸く所があったんですね。

そうして、そのお湯がねぇ、不思議ですって。

禿げ頭は、そのお湯に浸【つ】かるとねぇ、

黒々と髪が生える。そいから、

目がボーッとして見えん者【もん】が、

そのお湯で顔を洗うと、

目が立【じっ】派【ぱ】に見える。

そいと耳が遠い者は、もう、低い声で言っても、

「耳の聞こえん。聞こえん」と、

言った人が、本当に大人の人が

家ん中で話してるのでも聞こえるようになる。

そいから、いちばんいいのは足が弱くて立ちもきらん、

歩きもえん。そんな人が、このお湯に入ると、

もうサッサと歩けるようになる。

もう不思議なお湯です。

そいぎぃ、こいばもう、すぐ知った者は、そのお湯にはもう、

「私も入る。私も入る」

と、来る日も、来る日も大盛況。

もう人がワンサと押しかけて来るわけです。

あるとろに、禿げ頭どん、お母さんが年取って、

目が不自由で見えん。

その上、足がなえて杖ついても歩けん。

寝たきりのお母さんをかかえて困っている男がいました。

すると、この男には、

その上のことが聞こえてきたんです。そいぎぃ、

「お母さん。あつこにはあなたは

目もよく見えないというけど、目は良う見える」て。

そうして、「寝たきりで、私もお世話するのが大変だけど、

あつこのお湯に入ったら、

『自分でドンドン歩けるようになる』ち言【ゅ】うから、

少し遠いけどあのお湯に入ってみましょうかあ」て、

そこがお湯は無料だそうです。そいぎぃ、

「いやあ。こんなに足が歩けんのに、

私【わし】は行けない」て。

「どうして行くやあ」て、言うたら、息子はやっと背中を向けて、

「私【わし】がおぶって行く」て言うて、

背中におぶって、お母さんをその湯のある所までは、

大分遠いそうですが、トコトコ、トコトコ歩いて行きよった。

そうして、あの、野っ原でもう、草臥れ果てて、

「ここでしばらく休もうかあ。

お母さんをおぶって来たら疲れたよう」ち言【ゅ】うて、

お母さんを下ろして、しばらくそこで休んでいました。

そうするとねぇ、背中に何【なに】か大きな樽を背負った男が、

そこに通りかかったんです。そいぎぃ、その男は、

「あなたの背中におぶっておられるのは、

何が入っていますか」て、言ったら、

「これはねぇ、水が入っていますよ」て。

「そいぎぃ、その水を何処で持って行かれますか」て、言うたら、

「この先の丘の上に、長者さんの家【うち】があって、

あつこの娘さんに水をかけてやるんです。

そうすると、この背中におぶった水を、

長者さんは高いお金で買ってくださるんです。

そいぎぃ、その、野っ原に休んどった息子さんが大変興味を持って、

「どんな娘さんじゃろうかあ」て、聞いたら、

「それはきれいな娘さんですよ」て。

そいぎぃ、その娘さんを一遍見たくなったもんだから、

「お母さん。しばらくここに休んでいなさい」て言うて、

その背中に水甕を背負った男の後から、

ドンドンついて行ったら、丘の上にじき着いたんです。

そうしたら、立【じっ】派【ぱ】な

大きな長者さんの屋敷に着きました。そうすると、

「この裏口から私はいちばん上がるから、

こっから湯に行きます。娘さんはなかなかねぇ、

表へは出てこられないんですよ」と言って、中に入って来ました。

そうすっと、裏口をこう入ったらすぐ隣の方が、

台所あってその台所には、

美味しい御ご馳走が今できたてで湯気が立って、

もう原っぱまでお母さんば背負って来て、

お腹はペコペコだったもんだから、

その男は辺【あた】りを見たら誰もいないもんだから、

美味しいご馳走をチョッと食べてみたくて、

ヒョッと手を出したら、誰からともなく、

もう痛いというほどに、酷く打たれました。

そうすると、後も見ずにこの男は、

あの原っぱに逃げて帰ったんです。

帰ってみたら、お母さんは、

この原っぱで何時【いつ】まで経っても、

息子さんが帰って来ないから、

もう自分は捨てられたもんだと思って、

泣いていたて。そうすると、

「お母さん」と言う声に、お母さんニッコリ笑【わる】うて、

「お前【まい】、何処【どっ】かに逃げて、

私【わし】をここに置いてきぼりしたと思っていたよ。

来てくれたねぇ」て、お母さんは喜んで。

そいから、その息子は、

「もう悪いことはしちぇはいかん。

まあーだ叩かれた手は痛い」て言うて。

そうして背中を向けて、また、

お母さんば背負って、あの、お湯のあっ所に行ったて。

そうして、お湯のある所に行って、

そうして、入って二人ともお風呂につかったら、

本当にこの禿げ頭の者は、髪は黒々と生えて、

とても今までよいか増えて、

そうして、おまけにゃお母さんも、

ユックリお風呂に浸かったお陰で、

足がピーンとたって、そうして帰りに手を上げないでも、

歩いて帰ることができて、

「あのお湯を本当に不思議なお湯だったねぇ」て言うて、

親子何時【いつ】でもお湯の不思議かったことばっかり、

「有難いお湯じゃったねぇ」ち言【ゅ】うて、

話したていう、不思議なお湯の話です。

そいばっきゃ。

〔一八〇  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P457)

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