嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある所に殿さんがおんしゃったてぇ。

そいぎぃ、

この殿さんは本妻の他にねぇ、お妾さんの若【わっ】かとのおんしゃったて。

そいぎぃ、

本妻の御殿におらじぃ、お妾さんの家【うち】にばあっかい、

大方この殿っさんな行きおんしゃったてじゃっんもんねぇ。

そうして、ある日のこと、

お妾さんの家から使いの者が来てねぇ、

「あの、本妻の方に琴をお借りしたい」

て、申し入れんさったて。

そいぎぃ、

本妻の人は何【なん】てってん言わじぃ、

「どうぞ」て言うて、貸しんしゃったて。

一時【いっとき】ばっかいしたぎ今度は、

「三味線ば貸してください」て言うて。

そいぎねぇ、

琴しゃが貸【き】ゃあたもんだから貸しんさったて。

三度目にはさ、

もう殿さんがほんに花好きで

菊ば作いよんしゃったちゅうもん。

そいぎぃ、

立派【じっぱ】か鉢があったて。

そいぎぃ、

「あの菊の鉢ば貸してください」ち言【ゅ】うて、

あの、借りぎゃ来んしゃったて。

そん時ねぇ、本妻はその菊の鉢にさ、歌ば一首作って

その菊に結びつけてやんしゃったて。

琴を貸し三味を貸しことに大事な庭の白菊、何【なん】で惜しかろふ

て言うたて。

鉢ば使いの者に持たしてやんしゃったて。

あったぎねぇ、

その歌ば殿さんがしげしげと見てねぇ、

ああ、私は本妻には辛い思いをさせているなあ。寂しい思いをしているなあ、

と思って、後悔して。

そいからじき帰って来んさったて。

そいばあっきゃ。

[一三九  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P412)

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