嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

天子様がさ、昔から歌詠みの会のあいよったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、天下の歌の上手に詠む名人達のさい、あの、

宮中に集まって歌ば詠みよったてぇ。

天子様が、ある日のこと、歌詠みの名人の一【ひと】人【り】にねぇ、

「石の袋を縫うて来い」て、言んしゃったて。

さあ、難しい歌の題じゃったて。

歌ば作らんばとよ。

「石の袋ば歌で縫うて来い」て、いう題じゃったて。

そうして、

しかも、天子様からの直接の題じゃったけんねぇ。

困ったにゃあ、

て思うて、その歌詠みの名人もねぇ、柿本人麻呂じゃいろう、山上憶良じゃいろう、

大変悩んでねぇ。

そして

考えてねぇ、

御意【ぎょい】なれば石の袋を縫ふべきに

て、ここまではじき出てくっちゅうもんねぇ。

そいから先が出てこんちゅう。

浮かんでこんちゅう、下の句が。

そいから先ゃ、なかなか難しかにゃあ。

もう部屋ばウロウロ、二日も三日も行たい来たいして頭ひねーどん、

なかなか良か考えは浮かばん。

「石の袋を縫ふべきに」と、下の句を考え考え、

もう家【うち】ん中【なき】ゃあおっては良か考えはおこらんばい、

と思うて、歌詠みさんはねぇ、

海岸をウロウロ散歩がてら海風に吹かれながらやって来て、海を眺めよったてぇ。

あったぎねぇ、

今日に限って沖の方から真っ白か白髪のねぇ、

顎鬚【あごひげ】も真っ白か老人の舟に乗って、

向こうの方からズーッと近づいて来【き】んさって。

そうしてねぇ、

その老人が近【ちこ】うなったぎね、

「まさごの糸をよつて給はれ」

と、下の句を聞きもせんとけぇ、言んしゃったてぇ。

そいぎぃ、

この歌詠みさんな、

「あの方は神様に違いない」て言うて、海岸に平【ひれ】伏【ふ】してねぇ、

「なるほど、下の句はこいがふさわしい。ああ、誠だ、誠だ。

有難うございました。本当に有難うございました」

ち言【ゅ】うて、砂浜に長【なご】う座って、そうしてお礼ばして、

「あんたさんのお名前ば、ぜひお聞かせください」

ち言【ゅ】うて、拝みよったいどん、

顔ば上げた時ゃもう、この真っ白か髭の老人はおらじぃ、

舟ばっかい遠くの方に帆をかけた舟の見えおったて。

そいぎぃ、

この歌はねぇ、

御意なれば石の袋を縫ふべきにまさごの糸をよつて給はれ

て言うて、

見事な歌の詠めて天子様から沢山の褒美を貰【もり】ゃいんしゃったてよ。

そいばあっきゃ。

[一三八  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P411)

標準語版 TOPへ