嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

通りの大きな家【うち】に、

お婆ちゃんがひとり住んでいました。

その日は朝から雨が降っていたけど、

昼過ぎから雨のドシャブリです。

「もう雨が音立てて降って、寒いから、

ああ、こんなに雨の降る時は、早くもう寝て方がまし」

ち言【ゅ】うて、お婆ちゃんは

夜になったから床の支度をしていました。

そうすると、

ちょうど敷きよった時に、

表の戸をトントン、トントン、トントン叩く音がしました。

ありゃあ、誰【だい】じゃい

こんな雨の降る時、お客のあっばい、と思って。

お婆さんは表の戸を開けてみんさったら、

軒下にきれーいか背【ほど】のサラーッとした娘さんが、

ションボリ立って、

「今晩は」て、言うから、

「あらー、そこはほら、雨がかかるから、

早うこっちにお出で」と言うて、

お婆さんは手招きして、家【うち】に入れたら、

「お婆さん。今夜私を泊めてください」て、

その女の、娘は言うですよ。

そいぎぃ、

「良かよう。

私も一【ひと】人【い】暮らしで寂しいから、泊まっていい。

こんなに大きな家【うち】だから、寝るところ幾らでもあるから、

泊まっていいよう」

て言うて、

自分の着物、着替えたばかいだったけど、

また火を焚き起こして、

「寒かったろう。さあ、しばらく当たんなさい」て、

優しくお婆さんは言いました。

そうしてしばらくしたら、

その娘さんが、隣の部屋を指差して、

「お婆さん。お隣のお部屋は何畳敷きですか」

て、聞くから、

「ああ、隣の部屋ねぇ、

この部屋は家【うち】の座敷で、もう十畳ぐらいあるよう。

家【うち】でいちばん広い。

ここにねぇ、押入れの中には、

布団も沢山、お婆ちゃんがなわしているから、

自分のいいだけ出して、使っていいから、

そこには、あんた休んでいいよう」

「有難うございます」と、丁寧に言って。

「そいでもう、今夜ももう、休むことにいたしましょう」

その女の人は隣の部屋に行きましたから、

お婆さんも、

「もう自分も、床とって早う寝よう。こんな雨の夜はいい」

ち言【ゅ】うて、

「娘さん。実は私、この大きな家で一人暮らしよ。

もうお父さんが二十年も前に亡くなって、

本当にこんな雨の降る夜は寂しいよう。

明日、ユックリお休みなさい」て言って、

あの、二人とも休んだんです。

そしてお婆さんは、もうなかなか寝つけないで、

座敷の方に泊まった人は、もう鼾【いびき】は聞こえ、

あらー若【わっ】か者【もん】は良かねぇ。

もう眠ったよう、鼾をかいて。

人の鼾を気にして、お婆さんはなかなか寝らん。

もう左になったい右になったりして、

私も早【はよ】う寝ようと思うて、

足んにきから寒くてなかなか寝つかん。

そのうちに座敷の方の鼾は、だんだん、だんだん大きく。

もう仕舞いには、障子ばガタガタ、ガタガタ揺れるように、

鼾をグースカ、グースカち、大きく鼾をかくもんだから。

お婆さんは見たところ、

優しいきれいな娘だのに、

何【なん】てこんなに大きな鼾をかくんだろう、と思うて、

音立てん、ゴソーゴソー這うて、

隣【とない】の部屋をジーッと見に行ったぎぃ、

そして境の襖【ふすま】をソローッと開けてみて、

ビックリ。隣に寝たのは、

きれいな可愛い娘さんと思い込んでいたのに、

大きな十畳いっぱいとぐろ巻いた大蛇が寝ていた。

赤い舌を出したり引っ込めたり、

そのために鼾はゴーゴーと、

酷い鼾をかいて障子でも建具でも揺れるように、かいて。

そうして恐ろしくなって、お婆さんはまた、

ゴソゴソ入【はい】って、寝床の布団を被って、

ああ、この大蛇から私まで食べらるっ。

早う夜の明けて隣まで逃げたい。早う夜が明けたら。

思いよってガタガタ、お布団の中で震えていたんだけど、

もう朝になったら、誰か枕元に来たようだから、

ジーッと布団を押し上げてみたら、

あの軒下に立っていたきれいか娘さんはソックリで、

そのひとはお膝をスッカリたてて座って、枕元にいた。

ありゃあ、またぎゃん娘になっとっ。

娘さんは、

「お婆さん。昨晩は有難うございました。

グッスリお陰で休みました。

人間はいいですねぇ。柔らかいお布団の上に寝かせもらって、

暖かい布団を着て休みました。

私ゃ、今まで水が冷たい、

水が流れている所へは大きな岩の所に長くなって寝て、

夜もオチオチ寝たこともありません。

何時【いつ】、狼が出て

来て私【あたし】にかぶりつくかわからんから、

オズオズオズしてユックリ休んだことがありません。

夕べは本当に何年振り前もグッスリと休んだのは夢でした。

本当に有難うございました」と、長々語ってお礼ば言いに。

そいぎぃ、

お婆さんも明けた時、昼だから、きれいな娘さんだから、

布団上げて起きて来て、

「よく休んだから、良かったねぇ」て、言ったら、

懐から赤い小箱を出して、

「お婆さん。これは宝物【たからもん】です。

これをお婆さんに上げます。

お婆さんが困ったことを、

この箱はちかっと蓋【ふた】をこう開けて、

『今、米がない』と言うと、米がすぐにザラザラ出てくるし、

お金がなかったら、『お金が欲しい』と、言ってくだされば、

この箱が、この願いを適えてくれます。

これは宝物【たからもの】です。

お婆さんに夕べ泊めていただいたお礼に、

これを貰ってください」

て言って、お婆さんの手に握らせて。

それからというものは、

霧のように消えて、あの娘さんはとうとうおらんじゃったて。

けれども、

お婆さんは泊めた時、恐ろしい一夜であったけれども、

あの大蛇が泊まった、泊まってくれた、

帰りにくれた小箱のお陰で一生難儀をせんで、

安心して暮らすことができたていう。

そりばあっきゃ

[一一五  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P387)

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