嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

恐ーろし分限者さんのあったてぇ。地主さんじゃったてぇ。そいどんねぇ、もうお父さんも早死にして、おっ母【か】さんと息子と二人【ふちゃい】暮らしおったて。ところが、おっ母さんの恐ーろしか気の利いとんしゃんもんじゃねぇ。もうチョッと、息子はおっ母さんに甘えて、そうしてもう、おっ母さんの何【なん】でんしてくんさっもんじゃいけん、もう、つい怠け息子になってしもうたて。

あったぎね、お母さんも余【あんま】いお母さんの忙しい、朝から晩まで働きおんさったもんじゃい、とうとう、チョッとした風邪がもとで、ポックリ死にんしゃった。あったいどん、お母さんからチャーンと食べらせらるっ、チャーンとして着せらるっ、もうそれ慣れとったもんじゃいけん、何時【いつ】―でんブラブラ、ブラブラ遊【あす】うでばあっかいおった。今日【きゅう】もボーッてして縁側に日向ぼっこしとったぎばい、向こん方から働き蜂のブーンと飛んで来て、そうしてじき耳の近くに止まってねぇ、

「あの、これこれ。怠けさーん、怠けさーん」ち。

「そぎゃん虫けらまで、『怠けさん』て、言わじよかばい」ち。

「あいどん、あなたなし何【なん】もせんですかあ。食べ物【もん】も何【なーん】も、今になかごとないますよう。こら、怠けさ―ん、怠けさーん。ブーンブーン」て、その、蜂の飛んで来て言いよった。「ああ、うるさい。私【わし】ゃもう、何【なに】も働きたくない」て、言うたちゅう。

「あら、そう。なぜ、ぎゃんしてイーッとしとって、何【なん】でも我が欲しかとのあっぎ良かねぇ、と思うて、今、考おったとこれぇ、お前【まい】のそんな悪さすんな」

「あら、そーんな考え。そんなら私が良かこと教【おそ】ゆうかあ。この山の上ば、ズーッと歩いて行たてんさい。山の上にはねぇ、大黒さんば祀ってあっ。そこには大黒さんな、打ち出の小槌ちゅうとば持っとんさっ」て。「その打ち出の小槌ちゅうとが奇妙きてれつで、一振りすっぎ金も出でくっ。二振りすっぎ食べ物【もん】も好き次第、お好み次第て。何【なん】でん出てくっ。冷【ひや】かぎ布団も出てくっ。うーん、世話なし。あぎゃん怠け癖のついて働こうごとなかないば、あの打ち出の小槌ば借って来【き】んさーい」て言うて、ブーンてその働き蜂ゃ飛うで行たちゅう。

そいぎねぇ、一時【いっとき】はボーッとして考えおったいどん、いよいよ蔵【くら】ば見てみたぎぃ、もう嬶さんさんが死んでから三年にもなって、食べ物ものうないおっ。どぎゃんないとんせんばあーて、思【おめ】ぇおったもんだから、そいぎえらいこと聞いた。もう働かじ何でん出てくっとなら、その打ち出の小槌ば、もう一時ばかい借って来【く】う、て思うて、テクテクテク前の道ば山さい登って行った。ようら【徐々ニ】登って行きよったぎぃ、随分歩いたて。そいぎ山の上にね、小【こーま】か祠のあった。そして、あらー、ここやろうかあ、と思うて、こうして見たらね、もう、ほんにふくよかかニコニコ笑【わろ】うた大黒さんの出て来んさったあ。そうして、

「何【なん】しぎゃあ来たなあ」て。

「はあー」ち言【ゅ】うて、「私ゃひとつ相談があって来ました」

「ああ。この打ち出の小槌のこっじゃろう」

「はい、はい。左様でございます。打ち出の小槌ばしばらく私に貸したもらいたいと思ってぇ」て、そんな怠け者が言うたぎねぇ、

「ところがさい、この打ち出の小槌の柄のひっこげとっ【引キ抜ケテイル】。この柄ばつけて振らんことにゃ、何【なん】でん、そりゃばーい、何でん望み次第さ。打ち出の小槌ば柄ばつけて、プッて振っぎ我が思うたお好み次第に出てくっ。あいどん、あいにくと柄のひっかげどっ。その柄が何【なん】もかしこもむかん」て。「恐ーろしかもう、鍬の柄の働いてねぇ、磨り減って、もう握ったところはへこんだごたっ。黒うなった、新しかとも良【ゆ】うなか。恐ーろしか長【なご】う使うたご鍬の柄じゃなからんば、これにはちょうどむかんと。あんさんが、そぎゃんと柄ば持って来っぎぃ、こりゃ、あんさんに貸そうだい」て、こういうこっちゃった。

困ったにゃあ、今日【きゅう】はそいぎ借られん、と思って、帰ったそうです。そして、ああ、嬶さんの働きおんさったあ、何【なん】じゃい、鍬のあんみゃあかあ、と思うて、こうして、鍬はなるほどあるけど、嬶さんが人ばっかい使【つこ】うてしおったから、何【なーん】も鍬【くわ】はまあーだ握らんごと新しかて。そいないば、畑も田圃も沢山あるし、あの、ひとつ働こう、と思うて、その怠け男はねぇ、田圃ば打ちおったてぇ。

あったぎねぇ、その、また働き蜂がブーンて飛んで来たて。そうして、

「こら、怠け男、怠け男。少し働く気持ちになったかあ」て、聞いたて。

「働かんば、打ち出の小槌の柄のでけん」て、言うて鍬ば、こう見せたて。

「ありゃあ、まあーだ手の型もちいとらーん」ち言【ゅ】うて、また何処【どこ】さいじゃい飛うでいったて。

そして、セッセセッセと、いろいろ黍【きび】を作ったい粟【あわ】を作ったいしおったらねぇ、蔵にもなかったから、食べ物【もん】はちょうど、こいで間【ま】に合【お】うたて。そして、それからその、毎日、その鍬の柄のへこむと、鍬の柄の汚るっとば待って、セッセセッセと働きおったらね、今度【こんだ】あ、大黒さんが出てきんさったて。そして、

「鍬の柄は、折角貸そうで思うとっのに、まあーだかにゃあ」て。

「見てください」て言うて、見せた。

「まだだなあ」て言うて、「だけども、もう打ち出の小槌は借らんでも、食べ物はもう、蔵に随分溜まいました。もう借らんでも結構です」て言うて、この男からね、断わったちゅう。

チャンチャン。

日向のはなしです。

〔一〇七  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P379)

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