嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 山奥の一山、二山、三山ぐらい越えた所に、

もう木が鬱蒼【うっそう】と茂って

昼でも暗い奥山に行ったらね、

ふと立ちどまった所に鏡のごときれーな澄みきった

水があった。

そして、そこん所をこう覗いたら、

そこん中に自分の顔だった。あいどん見えんから、

輪郭や顔やら見えんから、色の白い、目の丸い、

澄みきったきれーな男の人の顔が見えた。

男性の若ーい顔ば見たから、その、

フキて付【ち】いとっ娘さんのね、もう、

そこにきれーに、

「私【あたし】は年取ったお父さんと二人で

今まで暮らして、あなたのような優しい顔の方に

会ったのは初めてです」て言うて、

入り江に行ったら、そこは底無し。

そいぎぃ、来るまで待っても娘は、

水汲み行って帰って来【こ】ん。

何処【どこ】まで行ったんだろうかあ、

と思うてるうちに、ご近所の方のいろいろ手助けで、

その、お父さんは気が張っとたからでしょうね、

病気が治【なお】んさっ。そいでテクテク、

テクテク、その娘が名前がフキてついとったから、

「フキは何処【どこ】だろか。フキは何処だろか。

フキは何処、何処にフキがいる」て、

言うた時はもう、春になってねぇ、蕗【ふき】が、

初めは無【の】うなるけど、芽が出てくるわけです。

そいで、

「ああー、ここだったねぇ。

赤い鼻緒のお草履がここにある」て、言うとこで、

その湖は、ここに水汲みに確かに来たねぇて、

お父さんそこの渕に立ってね、

「確かにこの草履はうちの娘のフキの草履だ」と、

言うところで、あの柔らかい大きな葉っぱを折った。

フキがあっちこっちこう、そこの周りに、

湿地帯だったから、湖が湧いとったわけ。

自然に水が湧きよった。

そいで、ああー、家【うち】の娘が

フキてついとったから、こりゃ、

生えてるものは大事にせな。

そいから蕗【ふき】ていうて

名前の由来【ゆわれ】になったていう、

お話なんです。

[九一  本格昔話その他]

[九二  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P365)

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