嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 何【なん】でもね、

由来【ゆわれ】のあっとですよ。

そいぎ蕗【ふき】の由来。こいもねぇ、

むかーしむかし。そいこそ世の中の始まらんごと

大昔の話。

むかし。

ある村にねぇ、お父【とっ】たんと女の子と、

おっ母【か】さんな死んで二【ふたー】人【り】

暮らしおんしゃったて。あったぎねぇ、

お父さんが病気しんさいたちゅう。そいぎねぇ、

その病気がもう、だんだんだん酷うなって、

骨と皮ばかりになってさ。そうしてもう、

とても昔ゃ医者さんも余【あんま】いないし、

お父さんな食べ物【もん】も食べえじぃ、

「水ばくれーぇ。水ばくれーぇ」て、

言んさってじゃんもん。

そうして、ところが、お父さんの願いはね、

山のズーッと家【うち】ん前ん山ば行くぎぃ、

奥の方の冷【ひや】っとすっごたっ

冷【つめ】たか水ば飲みたか」て。

「あの水ば一口でん飲むぎんとにゃあ、

生き上がっごたあ」て、こがん言んしゃって。

【こい、面白か話じゃなかですよ。】あったぎねぇ、

娘さんも、お父さんのあいで

一生懸命看病しおったけど、

お父さんのたった一つの願いじゃんもん。

「その水ば飲ませたこんな

元気が出【ず】んないば」ち言【ゅ】うて。

そしてねぇ、桶どん持って、小【こま】か

水桶ば持って、テクテクテク前ん山をズーッと

登って行きんさっ。そいぎぃ、

大抵【たいちぇ】遠かちゅうもんねぇ。

もうチョーッと行たても行たも遠うして、

そこ辺【たい】山で水のかけらもんかごたったけど、

もう雑木林の通い抜け、さあ、

ズーッと行きおっぎもう、昼でも暗かったごと、

恐【おそ】ーろしゅう杉の茂っとったてぇ。あらー、

昼でん夜のごたっと思うて、

怖【えす】かにゃあと思いつつ、

ズーッと行きおんしゃったぎねぇ、ポチャ、ポチャ、

ポチャて、水の音んしたちゅう。そいぎ元気づいて、

早【はよ】うその、そこに違【ちぎ】ゃあなかー、

と思うて、行きんしゃったけん、

ほんなこて苔のいっぱい真っ白

その地面がおうとっ所にねぇ、

水のパチャ、パチャて、その苔ばちかっと

除【の】くっぎぃ、

冷【つめ】ーたか氷のごと冷ーたか、

水の湧きおったてぇ。そいぎぃ、

お父さんなこの水が欲しかったとばいにゃあ、

と思うて。そいぎぃ、

この桶いっぴゃあ汲んで行こうだい、と思うて、

その苔ば脇さい寄せて。そうしてねぇ、

その娘さんがさ、フーンて覗きんさったてぇ、

その水ば。

あったぎねぇ、水ん底【そけ】ぇね、

きれーいか男の顔のさ、

若【わっ】か者【もん】の顔の、底にこう、

しきりに瞬【まばた】きもせじぃ、

見おんしゃってじゃんもんね。あらーっ、

こけぇぎゃん若【わっ】かきれいか人の

住もうとんしゃった、と思ったぎね、

ポトポトポト肩ば叩【たち】ゃあた者【もん】の

あったて。そいぎぃ、

ヒョロッと立ってしんさったぎぃ、

今見た男のサラーッと背の高【たっ】かとのね、

良か男の肩ば叩きよっ。

そいぎねぇ、村では色の黒かごたっ

荒くれた男どんばっかい見とっ。

ぎゃんきれいか人ば見たごとなか。出る時にね、

差い出【じ】ゃて抱きんしゃったて、その若者が。

そいでもう、抱かれたまましとんしゃった。

そいぎぃ、

「好きかあ」て、その男が言うてね。

そいぎコックリ頷【うなず】きんしゃったて。

あったぎね、目の真っ暗クラクラってなってね、

もうそいから先は何【なーん】もわかんしゃらんと。

わからんやったて。そしてねぇ、

帰るごとなんじゃったて、

我が家【え】さにゃ帰られんじゃったて。

もうその人は何【なーん】も知んさらん。

そいぎぃ、お父さんなねぇ、

「あん子が親思いじゃっけん、

今に水ば汲んで来【く】っ。ああ、

今に水ば汲んで来っ」ち言【ゅ】うて、

待っとんさいたて。ところが、

一日経っても二日経っても、三日経っても、

娘が帰って来んもんじゃいね、

ぎゃん我がも寝とって、

心ばっかいじゃどがんしゅうもないて、

こう思ういんさって、我が心が、

ちーった動かんばーあと思うて、動いてね、

何時【いつ】んはじじゃいもね、

もう一年も経っとったてばーあい。

そうしてねぇ、あの水ば汲んで来てくいろ、

水の欲しかちゅうたけん、山さにゃ行たて、

泉ん所【とこ】さい行たて、違ってなかて。

あつこん辺【にき】、誰【だい】じゃい

良か男に会【や】うどませんじゃったろうかにゃあ、

ほんなこたあ、あいまで話すぎ良かったいどん、

「あつこの水のあっ所でねぇ、

あの男と女が好きだあ」ち言【ゅ】うて、

愛の言葉ば交わすぎぃ、水の精から引き込まれて、

子の世の者じゃなかて言うことば、

お母さん達から聞いて知っとったば、あの子に

「誰【だれ】会【お】うても、口いっちょ聞くな」

て、言い損なうてけん、ありゃあ、

おらんごとどんいちなったじゃあんみゃあかにゃあ。

心に自分も一心にそいば思うてねぇ、

前の山をテクテクテク登って来んさいたて。

あったぎねぇ、山ばいっちょ峰ば越えたぎねぇ、

布【きれ】の落ちといようと思うて、

こうして見んさいたぎぃ、

さらくれて【色ノアセテ】、

雨ざらし日ざらしさらくれとった。

あの我が娘の片袖じゃった。ありゃあ、

やっぱいここば通って行たばいにゃあ、と思って、

その、大切に折り畳【たた】んだ懐に

仕舞【しも】うて。そしてまたドンドン、ドンドン、

ここん辺【たい】じゃったいどんにゃあ、

いんにゃあ、道間違【まちご】うたかにゃあ、

ここん辺【たい】じゃったいどんにゃあ、と思うて、

あっちさい行き、こっちさい行き、そこにねぇ、

もう真ーっ黒、苔の付【ち】いたいしてね、

水桶のそけぇ転がっとったて。ありゃあ、

ここまで来てね、水ば汲もうでちゃ、

来てくいたばいのうと、お父さんな思うてね。

そうしてね、何【なん】じゃい香りの良かとの

ここん辺【たい】から匂いのすっ、

何【なん】やろうかにゃあ、と思うて、

こがーんして。そりゃあねぇ、

ちょーうど一年の春になろうとする時分じゃったて。

そこにポッと人もなかいどんねぇ、

手ばひん握ったごと拳ぐらいとのね、

前の肩に白か花ば幾らでんつけたとの、

そいがしきりに香いおったて。ありゃあ、

この良か香いじゃったばいにゃあ、て言うて、

そのお父さんなねぇ、

もうここで良か男に会【お】うて、

愛ばちい語って何処【どこ】さんじゃい

連れてはって行かれたじゃろう。形見て、こいば、

あの、持って行たて家【うち】に植ゆっ。そいぎぃ、

我が娘はフキて付【ち】いとったもん。

「こいば蕗【ふき】て名前ばつけて、

家【うち】ん辺【にき】植ゆう」て言うて、

大切にその香りの良か花ば、

たった一遍割ったとば大事に大事に掘り起けぇて、

持って帰って自分の裏庭に育てて、

朝晩大切にしとんさったて。そいがねぇ、

蕗ちゅうて言いよんさったとの、

もう春になっぎドンドン芽の出てね、

あのよに大きな葉っぱを、

「こりゃ、俺が子供の形見じゃんもん」て言うて、

「蕗、蕗」ち言【ゅ】うて、

人にも分けてやいおった。そいが蕗の始まり。

そういうことです。

チャンチャン。

[九〇  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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