嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし、むかしねぇ。

ある所に、怠け坊主の男がおった。

もう遊【あす】んで朝は朝寝、夜はもう、

早【はよ】うからもう、もう寝たねぇ、

て言われるように、夜もグウスカグウスカ。

とにかく怠け坊主で働き嫌いじゃったて。

この男がねぇ、もう借金だらけじゃったて。

そういうことでねぇ、あの、ズーッともう、

旅にどん出たら何処【どこ】ないとん、

食べ物【もん】ぐりゃあ、あいつこうと思うて、

行きよったて。そいぎぃ、この男の大好きなのは、

お酒はそうないけど、煙草飲むぎぃ、煙草好きで、

煙草は止められんじゃったて。

もうすぐに長い煙管【きせる】に

煙草は詰めちゃあ飲み。

ところがねぇ、

とうとう火が無【の】うなったちゅう。

マッチの火が無【の】うなったから、

ある家【うち】に、

「ごめんくださーい。

私【あたし】に煙草の火を

貸してくださいませんかあ」て、言うたぎぃ、

一【ひと】人【い】女のきれいか年増の女の人で、

「あら、煙草の火なら、どうぞ」ち言【ゅ】うて、

じき貸してくれた。そうして、ほんに親切で、

「是非ともお茶を飲んで行ってください。

お茶をどうぞ」ち言【ゆ】うて、

もう美味【おい】しいお茶を出すて。

「まあ一服どうですか」て、また勧める。そうして、

座ってお茶を戴きおったぎぃ、その女の人がねぇ、

「旅の人ー、あんさん私のお聟さんに

なってください」て、言うちもんねぇ。

そいぎぃ、こりゃあ困ったにゃあ。

そいども困ったけれども、良【よ】く考えると、

我がは風来坊主で行く先なかて、困ったけれど、

「私【わし】ゃ、どうでも都合がいいけど、

こちらは都合が悪いじゃないかあ」て、聞いたぎぃ、

「いやー、実は私【わたし】に夫がいたけど、

夫から逃げられて今一【ひと】人【り】暮らし」て。

「そいけん、あんさん是非、

私【わたし】のお聟さんになってください」

こりゃ願【ねご】うてもないこと、と思うてねぇ。

そしたらもう、煙草は幾らでも吸うて良かて。

ほんに、ぎゃん良かとけ

転がり込んで良かったにゃあ、と思って、

もう来る日も来る日も、その女の人は、

「私は仕事に行きます」て言【ゆ】うて、

午前から出かくっち言【ゆ】うもんね。

夕方になっと、シャンシャンと帰って来て、

よこびゃーてなーて、

「夜は一緒に寝ましょう」て、

言【ゆ】うて寝てくるっ。

ほら、ほんな檀那気取りで良かばいっ、と思うて、

その旅の人はそこにお世話になることになった。

そいぎぃ、

「私【わし】ゃ考えたが、お前【まい】さんの

『亭主になって良か』て言【ゆ】うなら、

私【わし】も亭主気取りで良かばい」

て言【ゆ】うたら、

「どーぞ、私はあなたがおってくださると

助かります」て言うて、喜ぶこと、喜ぶこと。

そいぎねぇ、信用して、

「私の家【うち】をよく紹介しましょう」て。

「あいぎぃ、私の家【うち】、

大きな家【うち】ですよ」て。

「そいでもう、十二階もあって。ところがねぇ、

いちばん上は見てくんさんなあ。ここは、

見るなの部屋だから」て。

「そいどん、二階も三階も四階も五階も、

十二階の部屋いっちょ見んぎぃ、

どの部屋でん見物どんして

家【うち】泊まっとってください」ち言【ゅ】うて、

その女がイソイソと、朝は出て行た。

そいぎぃ、その風来坊さんはねぇ、

一階に上がってこうして戸ば開けたいぎね、

そこはお正月があいよったって。

もう何処【どこ】でんきれいか着物【きもん】ば

着て、子供達が羽子板どんして、そいぎ

「まあいっちょの二階【にきゃあ】ば

上がってみゅうか」て、

二階の部屋に上がって行った。

三階の部屋は、あの、

お雛さんの節供の小さな子供がお雛さんの

お道具ばこう飾って、そいで、あの、

お菓子やら桃酒どん飲んで、あらあー、

めでたいなあー、と思うて、

「まいっちょ上がってみゅう」て、

まいっちょ上がって。そいぎそこはねぇ、

桜の花がいーぱい咲【さ】ゃあて、

そいでお酒どん飲んで、唄を歌【うた】ったい

踊ったいして、桜の下で、

賑【にぎ】やかで花見の宴をちゅうて。

そがん良かもんばい、

「まあいっちょい上がってみゅう」て、

そうして戸を開けたら、

そこは五月の節供のこいのぼり。

こいのぼりの何処の家【うち】でん立って。

「あらあー、ここは五月の節供の

あいようばいのう」て、わかった。

ああー、そいぎまいっちょ、開けたら、

そこは田植えのあいよったって、いっぱい。

「七月、ありゃあ、ここは田植え。はあー、

家【うち】はここに入り聟に来たけん良かったなあ。

家【うち】におったら、もう尻叩かれて、

『さあ、田圃【たんぼ】に出ろ、田圃に出ろ』て、

言わるうはずじゃ。腰の痛い痛いて、

せんならんだった。田圃に出じぃ良かったなあ」

そいから、まあチョッと上に上がってみゅうか、

と思って、上に上がったら、

もう和尚さんの来てお経さん上げおんしゃっ、

お盆で。

「ありゃあ、お盆だなあー。ああー、

そう言うこともあったなあ」

まいっちょ上さん上がって、ついでに上がって、

上がって見たぎ今度はねぇ、雀どまチュンチュン、

チュンチュンて、あっちも飛びこっちも飛びして、

稲どんがもう五月の田植えの後とか、

稲のどま実いよったって。そいで雀のおって、

「はーい、はーい」ち言【ゅ】うて、

鐘を叩いたりなんかして鳥追いがあいよった。

ああー、だんだん稲が実ってくるなあ、

て思って見たあ。

そしたら今度【こんだ】あ、次に、

「まあー、ここまでも来たのない、

まあいっちょ見てみゅう」て見たぎぃ、

祭いのあいよったって。

神社【じんしゃ】にガランガラン、ガランガランて、

鈴が鳴りゃあてね。あっちゃに行って、手叩いて、

しかーに【熱心ニ】、何【なん】を頼みようか、

お宮さん全部【しっきゃ】あ拝みよんしゃって。

「あら、秋祭いばい。あら、獅子舞も来よっばい。

笛どま聞こゆっ」ち言【ゅ】うて、

そこは楽しい部屋じゃった。

「あらー、ここは秋祭いの部屋じゃったあー」

ち言【ゅ】うて。

まあいっちょさ、良う見てみゅう、

どういう部屋じゃろかあ、と思って、十一月でもう、

誰【だい】でんがかがんで、

籠【かご】持って稲刈いに、

「あらー、ここは黄金【こがね】に熟れた

稲刈いばい。稲の取り入れのあいよっ。

担【かつ】げて行きおん者【もん】もあっ。ああ、

稲を刈いよんなあ」て。

随分上【うえ】さい上【のぼ】って来たけん、

「まあーいっちょ上【のぼ】ってみゅう」

て何処【どこ】まで来たかわからんって。

そいぎぃ、まあいっちょ上【のぼ】って、

ついでついでだから、「もう、見るな」て、

言われたと忘れとっ。ズッと数えてみたぎぃ、

十一月まで来とっ。

そいぎぃ、十二月。そいぎぃ、戸を開けたら、

ザーッて、冷【つめ】ぇたか雪やら吹雪やら、

もう自分の所【とこ】まで、その男の人はねぇ、

シャーンって凍え死んで、

とうとう下には下りて来られんやったって。

この時、見るなの部屋は見んぎ良かったけど、

やっぱい見たばっかいで、

この風来坊は死んでしもうたあーて。

チャンチャン。

[九二  本格昔話その他]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P366)

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