嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

平常ねぇ、彫り物(もん)で暮らしている家(うち)があったあ。

お父さんは彫り物屋さんやったて。と

ころがねぇ、ある日のこと、

流(は)行(や)い病気でね、

お父さんがポックリ死にんしゃった。そ

いぎお母さんがね、男の子を二人持っとんさって、

弟と兄と。そいぎね、

「お前(まい)達ねぇ、

お父さんの後継ぎば代々してくれんかあ。

そいけん、何かよかけん、何で

んよかけん、彫り物ばしてみろ」ち言(ゅ)うて、

お父さんの形見の鑿(のみ)と、

鉋(かんな)ばやんしゃたて。

そいぎ二(ふた)人(い)でセッセセッセと彫り物ばしおったて。

そいぎお母さん、やっぱい彫り物の

血を受け継いで、二人とも手が器用だなあ、

と思うて、眺めおんさったて。見てみたぎね

ぇ、弟の方はねぇ、あの、

鶯(うぐいす)ば今にもホーホケキョーと鳴くごとね、

鶯を彫っとった。

兄さんなまた、そのへんから香っとっ梅の花をねぇ、

白く真っ白か梅の花を、もう見事に

彫ったて。

「お前(まい)達は、こりゃ、

二(ふた)人(い)はどっちが上手できたて、

母(かあ)ちゃんは当てえんごと良(ゆ)うできたてぇ。

見事な物にできた。やっぱいお父さんの血筋を受けたねぇ。

良かったねぇ」ちて、お母さんの褒めんしゃったてぇ。

そいぎねぇ、甲乙につけようなかったてぇ。あいどん、

「誰かお父さんの後継ぎば、ここばせんばらんけん。

そいぎ違うとば彫ったぎ良か。甲乙ばつけらるっけん、

同(おんな)じ物ば彫ってくれ。そうだねぇ」ち言(ゅ)うて、考えてね、

「そいぎぃ、鼠ば彫ってみろ。兄ちゃんも鼠だよ。弟も鼠だよ」

「はい」て言うて、すぐに言うこと聞いて、

兄ちゃんな焚物小屋からね、

そのへんにあるこっぱを見つけて来て、

鼠ぐらいならこんな物でも彫るっじゃろうと思うて、

焚物小屋のねぇ、木切れで鼠彫っごとしたて。

弟の方はね、考えよったぎねぇ、

何時(いつ)も朝、美味(おい)しいお味噌汁はね、

鰹(かつお)ば梳(けず)って、おっ母(か)さんが食べさせるから、

鰹を持って来てね、木のごとしとっからと、

こいで鼠を彫ろうと思うて、作った。

良(ゆ)う髭(ひげ)のピンとしたところまで、

良ーうできとってじゃんもんね。

ここに置いたら如何にも、チョロチョロと逃げごと両方とめ良かったて。

木切れで彫った鼠も立派かったて。

素晴らしかったて。

「ああ、お前達は、やっぱりお父さんの子だよう。

お前達二人とも上手にできたね。お母さんの目では、

どっちが上等て見分けえんごときれいかった。

どっちて決めえん」て。

「そいぎねぇ、座敷の真ん中に、その鼠をおいてごらん。

ここから猫を放(はに)ゃあてみゅう。

そして猫が、いちばん口にかぶいちいとっとが、

上等にできたとにしよう」て、こぎゃん言うてねぇ、

もうお母さんが猫を三人で見よっ所(とこ)で放しんしゃったて。

あったぎ猫は、

「ギャッ」て言うたて。

ニャンニャンて言うたら、(どっちについたか、思います。)鰹にねぇ、

もうひとつ

「ウオーウッ」ち言(ゅ)うてねぇ、

手玉にとってそのあれに、

鰹で作った鼠の方に

「ガッ」と行って。

そうーしてもう、行きらんごと音ばかりで逃げていた。

そいぎお母さんが、

「あーあ。弟の鼠は素晴らしかったなあ」ち、言んさったしゃったいどん、

弟はお母さんの毎朝の味噌汁、

鰹を持って来て鰹に。兄ちゃんは馬鹿正直にねぇ、

立派に彫れていたけども、

焚物小屋の材木じゃったから負けた。

負けた馬鹿正直て、こういうことです。

〔二三  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P292)

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