嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

兄弟の人がさい、

「お城に、ほんにあの、

お前(まい)達ゃ立派に教育してやーっ」ち言(ゅ)うて、

殿さんのお抱えで、お城で暮らすことなったちゅう。

そいでも、ある日のことねぇ、殿さんは、

「そのへんに鷹狩いに行たて来(く)っ」ち言(ゅ)うて、

そのお城は空っぽになっごと

全部(しっきゃ)あ連れて出かけんさったあ。

そいぎぃ、まーあだ小(こま)ーか兄弟じゃんもんじゃい、

誰(だーい)もおらじぃ、

「シッカイ留守ば守っとけよう」と、言われて、

殿さんな出て行きんさったてぇ。

そいぎぃねぇ、何時(いつ)も殿さんなもう、

昔ゃ金魚ちゅうても、恐ーろしか珍しかった時分に金魚ばほんにもう、

大切に飼うとんさったちゅうもん。

そいでねぇ、時々ゃねぇ、お隣の殿さん達やら、

恐ろしか悪者(わるもん)の来て、

「殿さんば毒飲ませて殺そうだい」て、言う者の来(く)っぎぃ、

何(なん)じゃいその食べ物ばやった時ゃ、

金魚鉢の中(なき)ゃあ入るぎぃ、

毒の入っとっぎじき金魚の死んちゅうもんねぇ。

そぎゃんためにも金魚ば飼うとんさったて。

そうして、恐ろしか大切に殿さんなしとんさったちゅうもんねぇ。

そいどんもう、

「全部(しっきゃ)あどめ出たあとの城中は静かじゃあるし、

天気は良いし、二(ふた)人(い)ジーッとして

ブラーブラーお城ん中ば回いよっても、

何(なーん)も面白かことはなか。

なーん、ぎゃんお城には怖(えっ)しゃ来(く)ん者(もん)なあんもんかあ」ち言(ゅ)うて。

そいぎぃ、

「相撲どん取ってみゅうかあ」

兄貴の方が言うには、

「お前(まい)も、大抵(たいちゃ)強うなったろう。

かかって来(こ)い」て言うて、

弟と一緒にその、相撲にもう夢中になっとんしゃったて。

弟は大変強かったいどん、

兄さんには勝つぎ良(ゆ)うなかもんにゃあ、

と思うて、ちかっと用心しとったて。そうしてもう、

しってんにってん(アレヤコレヤ)しおったところが、

兄さんの方が少し負けそうになったので耳の後ろんのびんば引っ張って、

「ああ痛た」ちゅうごとしんさったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、弟は怒ってこん畜生と思うて、

力いっぱい踏んばって兄さんにしかかっていたちゅう。

そうして、上になったい下になったいしおったうち、

もう兄さんも、エヘェエヘェ笑(わり)ゃあよったぎぃ、

笑ゃう段じゃなか弟も恐ろしか強うなったなあと思った拍子に、

もんどり打ってさい、投げられんしゃったて。

ところがねぇ、

その部屋の隅ん方にあった殿さんの大事にしとんしゃった金魚鉢ば、

足引っ掛かって金魚鉢の見事に割れたちゅう。

そうして、その金魚はそこら辺(あた)り水は零(こぼ)れて、

もう動きえんごとしおるし、

「どぎゃんすっかあ。もう、

今まで楽しかったとこれぇ。もう割ってしもうてどうしよう、

どうしよう。こりゃあもう、打ち首に違いなかあ。兄さん、どうしよう」

兄さんも、

「弟、どうしよう」て。

「もう、どっちもどっち。どうしよう、どうしよう」て、

言いごろしおったうち。

「ヤァヤァヤァ、ヤアヤアヤア」て、

表(おもて)ん辺(にき)の、御門のあたりに声のした、

と思うたぎぃ、もう殿さんのお帰りちゅうごとじゃったて。

ああっ、もうおしまいだと、

ドキドキしていたら、もう、家老さんの見んさいたら、

そこん辺(たい)の畳の濡れて、金魚鉢の割れている。

「どぎゃんしたとかあ。あわて者(もん)があ」て言うて、

叱(くる)われた。そいぎ兄の方が、

「私がしましたあ」て言うて、

「私が割りました」て、言うてから、

もう頭ば上げえんじゃったぎぃ、弟は、

「いんにゃあ。私がいたしましたあ」て言うて、二人で、

「私が割った。私が割りました」て、

言いおんしゃった。そいぎぃ、家老さんは、

「お前(まい)達ゃ、もう打ち首だ。間違いなか」言いよった所に、

そこへお殿さんはヒョイと来んしゃったて。

じきその金魚鉢の割れとったとがお目にとまったて。

しかし、お殿さんはねぇ、

「怪我はなかったか」て、おっしゃったて。

まあ、思いがけないお言葉じゃった。そいぎぃ、家老さんは、

「お殿さんがお着替えの間、控えとれぇ」ち言(ゅ)うて、

お殿さんに従うて出て行きんさったて。

お殿さんから何とかお声があるだろう、と思うて、

二人は神妙に控えとったそうです。

そいぎねぇ、やや、しばらくしてから、

「二人の者を呼べ」て、言うことになったから、

いよーいよさあ、もう、打ち首だ、と思って、

色青くなって、ガタガタ震えながら二人とも出かけて行ったて、

お部屋に。そいぎぃ、

お殿様の前に引き出された二人は神妙に控えて。

そうして、しばらくしたら、

「私がやりました」て、兄さんが言うたて。

そいぎ弟が、すかさず、

「いや、私がやりました」て、言うたて。

そいぎねぇ、黙って二人を見て殿様はおられたが、

「二人で割ったのかあ。わざと割ったのかあ」て、

今度言んさったて。

「わざとじゃありません」ち言(ゅ)うて。

「何をしていたのか」て、言うことで、

「実は、かくかく次第で相撲取いよりましたあ」て、

言うことを家老さんが言うてくいたて。

そいぎぃ、殿さんがおっしゃるに、

「もう、お前達はねぇ、そんなにわざと割ったとじゃない。

若い将来ある身を打ち首や切腹に申しつけはしない」と。

「誰(だれ)にでも、こういう過ちはありがちだ。

これからもなお一層に忠節を尽してくれ」て言うて、お言葉を賜わったて。

二人はもう、その暖かいお言葉に、

チョッともう、滝のごと涙を流して、

もう生涯この殿さんに忠節を尽くさんばあ。

立派な家来になろう、と心中深く思うたそうです。

そいばあっきゃ。

〔二一  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P290)

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