嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 牛の目の涙ちゅうとば話します。

むかーしむかしねぇ。

村の小(こうーま)か家にさ、

跛(びっこ)のおんちゃんの家のあったてぇ。

そこにおっ母(か)さんと

娘の子と暮らしおったちゅうもんねぇ。

あったぎねぇ、

(ああ、娘の子の一(ひと)人(い)じゃなか。

三人もおったて。そして、

お父さんとおっ母さんと五人家族じゃったて。)

あいどん、お父さんは跛で何(なん)もかんも働きえんち、

恐(おっそ)ろしゅうもう

村いちばんのそこ貧乏人じゃった。

そいでねぇ、恐(おそ)ーろしか、

あの、寒か日じゃんもん。

「もう、早(はよ)う寝たがまし」ち言(ゅ)うて、

皆(みーんな)、早う休もうてしおった。

あったぎねぇ、

もう戸締りばして休もう時、

「トントン、トントン」て、

戸ば叩く者(もん)がおったてじゃん。

そいぎねぇ、外に出てみたぎねぇ、

真っ黒か牛のそけぇおったて。

そして牛のもう言うたて。

「あの、あんたの家(うち)のいちばん小(こま)ーか娘ん子ば

我がお嫁さんにくるっぎね、

あんたん家(いち)はいっちょん困らじ暮らさるっ。

家(いえ)も太か家(いえ)にしてやっ」て、

その牛の言うちゅうじゃんもん。

そいぎぃ、

そのお父(とっ)さんの夜中でもあるし、

怖(えす)かもんじゃい、

「ああ、はあ」ち言(ゅ)うて、

「こらー、娘に話(はに)ゃあてみんことにはわからん。

私が今返事ばされんけん、

この次の一週間経ってから、

また来てくれー」て言うて、

戸ば酷う閉めて、閉めんさいたて。

そいぎぃ、また牛は帰って行った。

そいで家(うち)で、

「誰(だい)やったあ」て、

じきおっ母さんの聞いた。

「実は、こうこうこういうふうで、

いちばん末の娘ば是非お嫁さんにくれんかい」て、

来た者(もん)があった。

人の来たごと思うとんしゃったて。

ところが、いちばん末の三番目の娘は、

なしじゃいその姉妹(きょうだい)の中でも、

特別もう器量の良かて。

もう髪は真っ黒、目は大きくてね、

鼻筋もとっても、あすこの家にもったいなかちゅうごと、

村のこの一て言わるっごときれいかったて。

それぇ、そのきれいかとに名指して、

ぎゃんして来てと、お父さんの胸はほんーに、

牛の、しかもと思うてね、

思うとんさったて。

あいどん家(うち)の困ってぎゃん(コノヨウニ)

難儀して暮らしよいようて、

そのことも暮らし難っかことも大変、

あの、心痛じゃったて。

そいぎぃ、子どんが寝ぇってから、

おっ母さんと父は、

「牛が『お嫁さんに欲しか』ち言(ゅ)うて、

来たあ。牛にどういう訳じゃろうかあ。

(そいもむかしのことですよね。)

あいどん、よっぽど早(はよ)うから

見とったところじゃろうだいねぇ、

家(うち)の子ばあ」て、

いうようなことで。

「あいどん、あぎゃん太か牛の

どぎゃんものかわからんもんで、

ほんに聞いて、ほんに行くちゅうぎぃ、

嫁にやらーじにゃあ」て、言うごとなった。

そして、明くる日になってから、

あの、やっぱいあいしゅう。

その、いちばん末の子のば呼うで、

「あの、お前(まい)、

気の毒(どっ)かないどん、

夕べのお客さんな、

お前(まい)ばお嫁さんに欲しかちゅう。

恥ずかしゅうしおったけど、

そいばねぇ、牛ばい。牛の

『お前をお嫁さんに』ち言(ゆ)うて、

『そけんお嫁さんにね、

あの、来てくるぎんとにゃ、

こぎゃん難儀はさせん』て。

いろいろ生活に困らんごとしてやるし、

家(いえ)も雨の降っぎ雨の降っ。

雨の家(いえ)ん中(なき)ゃあ降っ。

風の来っぎ風。ヤレヤレヤレ家(いえ)の揺るっ。

こういう困った家(うち)にも立派に、

私(あたい)まとまな

家(うち)に住まわるっごと家にしてやっ」て、

牛の言うたあて。

そいぎ娘が感心なもんじゃったて。

「そぎゃん皆が幸福になることことない、

私ゃ行く」て。

「牛の嫁さんだって良かあ」て、

ぎゃん言うた。

そいぎねぇ、承知したて。

あったぎ間もなくもう、

一週間経ってちょうど約束の日に、

牛がやって来たて。

そいぎぃ、いちばん上等の着物(きもん)どん着せて、

牛の角にしっかい、背中に乗って、

その、いちばん末の娘は、

トコトコトコ出かけて。

そいぎ牛の言うには、

「振り落とさんように、

角にしっかいつかまっていろよ」て言うて、

「今から駆け出すから」と言うたけど、

「ちっとも怖(こわ)くない。

ちっとも揺れん」て、

言うごとしてねて、

猛スピードで走り出した。

そうして随分長く走ってもようだったけど、

ある恐ーろしか真っ黒んごと山の麓まで来たぎねぇ、

その山の麓のねぇ、

ギーって戸の開かったてぇ。

そこの中に悠々とその、

娘さんば背中に乗せた牛が行ったてじゃんもんね。

中に入ったぎね、

灯りのついとらんじゃったけん、

恐ーろしか広か立派な御殿のごたっ所(とこ)やったて。

そして、下ろされて、

「ここがお前の部屋で、

ここで暮らせ」て、

言われた所(ところ)には、

パーッて灯りがついてね、

いろいろあるし見たともなかごたっ

灯りが眩(まぶ)しくついてね、

もう花もいっぱい窓際に飾ってあるし、

本当に極楽に来たような良か部屋じゃったてぇ。

そいぎねぇ、そうしてもう、

飲み物でもお御馳走も次から次に運ばれて。

誰が運ぶよるかわからんけど、

ヒョロッと出て来っそうです。

そいでいっちょん困らじ暮らしおった。

そして、いよいよ夜になった。

夜になったぎね、

今までシャンデリアで明々と灯っとった

とに、今鼻つままれても、

何一つわからんごと真っ暗隅。

そいぎねぇ、ところがねぇ、

前の中庭でね、誰(だれ)かソローッと来て、

自分の横背(よこせ)に寝る人があっ。

しかし、誰(だれ)が、

どんな人が来ているのかわからん。

しかし、とにかく誰(だれ)か来て寝る。

そして、そんなことも

ズーッずーっと何日も何にも繰り返してねぇ、

何(なん)も不自由はなかったち。

しかし、

家(うち)のお父さんや

おっ母さんもどうしているだろうか。

雨の降る時、

また雨のポッタンポッタン

降られて寝とるだろうか、

どぎゃんしているだろうか。

風の吹く時ゃまた怖(えっし)ゃしおろう、

と思うて、家(うち)の恋しゅうなったあ。

そしてねぇ、あの、壁に向かって、

「私(あたし)は帰る。

家(うち)にチョッとだけ帰して欲しい」て言うた。

そいぎねぇ、

壁の向こうから声のしてねぇ、

「絶対、帰さないとは言わないけど、

ここでの暮らし向きを

絶対話さんとお約束できたら、

連れてお前(まい)の家(うち)に連れて行くよ」て、

言う声じゃった。

「いや、絶対話しません。

これをお誓いします」言うて。

「そんならば、

お前(まえ)も一遍は帰ってみたかったろう」

て言うてね。

あったぎね、また牛の来て、

牛の背中に乗せられてね、

その山ん中からコットコットコット連れて行った。

そいぎね、

「あつこの家だよう」て、

牛が言うたところば見たぎぃ、

二階家(や)で、

下の間も明々と明かりの灯ってね、

姉さん達がキャッキャッ笑うとの聞こえよったて。

あらー、こんなに幸せに良かったなあー、

と思うてね、あの、自分の家(うち)帰ったぎぃ、

お父さんもおっ母さんも、

「お前(まい)のお陰、

いい暮らしをしているよ。

有難う、お前を犠牲にしてなあ、

すまなかった」て、涙ば流して、

あの、断わりば言うて、

「お前はどうしているだろうか、

と思(おめ)ぇよったあ、

どうしている」ち言(ゅ)うて、

「私のことは心配いらん。

私も、もったいないような

暮らしをしているから」言うこと、

言うた。そしてねぇ、

あの、話し出してもたまらん。

自分が、こう幸せだと。

しかし、話すことなんと言われたから、

話すことなんと心にシッカイ決めとったて。

ところが夜になって、

おっ母さんとたった二人きりになってね、

おっ母さんが、

「お前のことば案じていたよう。

お前は今頃寝ているだろうか。

お前はご飯を食べているだろうか。

寝ても覚めてもおっ母さんは、

お前のことばっかい案じていた。

お前、どんなにしている」

「いや、おっ母さん。

いっちょでん心配はいらない。

私(あたし)も、

もう、おっ母さん達以上に

幸せして暮らしおっ」て、

そこまで言うてね、

言わんが良かろうと思ったけど、

ついね、

「おっ母さん。おっ母だから言うけどね、

たった一つ不思議なことがある。

真夜中に真っ暗な時、私(あたし)の横の方に来て、

誰かがチョロチョロっと音もないようにね、

誰(だい)かわからん。動物かも、

あの牛かもわからん。

毛のごともようじゃなか、

人間のごたっ。

『このことを話すぎいけない』ち言われて、

来とっ」て、

おっ母さんに話(はに)ゃあたぎね、

「ああ、そう。

誰(だい)だろうねぇ。

でも、お前(まい)に酷い目に遇わせないだろう」

「いや、何もそんなことはない」

「そいぎね、今度帰る時、

マッチを持ってお行き。

マッチは小さいからポケットの

隅の方にマッチを入れてね、

真夜中にパーッとつけてね、

誰(だい)か来ているか見てみたら」て、

おっ母さんが知恵つけたて。

「有難う、お母さん」ち言(ゅ)うたらね、

じきまたその日、

迎えの牛が来たもんだから、

牛の背中に乗って、

また元(もと)来た道を帰って行ったて。

そして夜がやってきた。

そいぎ胸ワクワクしてね、

今度(こんだ)こそはと思ってね、

またスヤースヤと気持ちよさそうな

寝息のとったから、

今が潮時と思うて、

パッとマッチを擦ったて.。

そいぎぃ、そこに見たとはね、

自分にはもったいないような

きれいか王子様じゃったて。

恐ーろしか世にも見たこともないような

きれいか若者でね、

こらあーもう、

王様の息子様に違いないという王子様。

アッと思うた途端に、

その方もすぐ来てね、

「約束を破ってくれて残念だ。

約束を破ってくれて残念だ。

本当はねぇ、

明日(あした)の朝で私の魔法がきれるところだった。

(ちかっと日本じゃなかろうごたんね、

魔法てんなんてん。)あの、

術のとくっとやったて。

私(あたし)ゃねぇ、あの、

術にかけられてねぇ、

牛になされとった。

しかし、あなたが優しい心が、

あなたの美しさにね、

私(あたし)も、あの、

伴侶としては申し分のないと思って、

私(あたし)は、あの、あなたを迎えたけど、

あなたが私(あたし)をまあー一日待ってくれたら、

もう一日とは言わん、

半日でよかった。もう術はとけんない」ち言(ゅ)うて、

そこでね、男泣きに泣きんさったて。

そしてね、ガラガラガラーってしてね、

その娘はまた、

元(もと)の貧しい貧しい自分に返って、

皆、家族五人とも、

またあばれ家(や)の月も見えるような

家(うち)になってしもうたて。

そういうことのあったけんねぇ、

牛は何時(いつ)―でも残念な、

あの時の無念な思いを、

目に涙に絶たたんやったて、いうことです。

チャンチャン。

〔一  本格昔話その他〕

備考 蒲原媼は「チャンチャン」の直後に、

次のように語ってくれた。

もう、あの、ハイカラでいろんなことを知っていたから、

お婆ちゃんはね。

こんな童話的な外国を垣間見るような、

話をね、大正時代に語ってきた。

この話をほんに私は魅力的でした。

そいけん、先生(宮地武彦)に語りたかったと。

そういう約束をやっぱい、

約束は不思議かことあってでん、

やっぱいね、先の幸せを。

〔一  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P260)

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