嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

  むかーしむかしねぇ。

村にたった一軒床屋があったてぇ。

そこの一(ひと)人(い)娘を女の見ても

惚れ惚れすっごと美人だったちゅうもんねぇ。

床屋さんなこの娘に手伝わすっもんじゃい、

若(わっ)か男どんが寄って来て、

大繁盛じゃったて。

この娘さんば、ほんなこて見ゆうで思うて、

やって来(く)って。

わざわざ遠(とお)か所(とっ)からまで

若か者どんが来てねぇ、

繁盛しおったちゅう。

そいで、この床屋さんなねぇ、

田圃も持っとらしたてばーい。

あったいどんねぇ、

その床屋さんの田圃の真ん中に

太(ふと)ーか石のデーンとはまっとったて。

こいで困っとらしたとたい。

「田圃の仕事をすったんび、

あん石の邪魔で困んにゃあ」て。

「誰(だい)じゃい、

要(い)る者(もん)のあっぎくるっどん」

ち言(ゆ)うどん、誰も貰い手のなかて。

あったぎねぇ、

何(なん)じゃいあの石ば退(のく)っ良か

工夫のあんみゃあかあて、

何時(いつ)も頭痛の種やったて。

そいぎぃ、とうとうその床屋さんなねぇ、

余(あんま)い我が娘ば男どんが

見ぎゃ来(く)ん者(もん)ばっかいおんもんじゃい、

「あん、田圃の中の石ば退(の)けてくいた者には、

家(うち)の娘ば嫁にやっても良かあ」て、

こぎゃん言い出しんさいたて。

そいぎぃ、

じき村中に評判になったちゅうもんねぇ。

そうして、もう二十人、

いんにゃあ三十人ていわんごと、

若(わっ)か男どんが、

「あの石ば退(の)きゅうだい。

我があの石ば退けて、娘ば嫁にしゅうだい」て言うて、

「石ば退くっぞう。石ば退くっぞう」ち言(ゆ)うて、

申し込んで来っちゅうもんね。

あったいどんねぇ、

いっちょん退けゆっ者のおらんて。

床屋さんな、

「ほんなこて娘でんくるっとけぇ、

あの石ば退けゆっ者のおらんかあ」て言うて、

ほんに言いよんさったいどん、

いっちょん誰(だい)でん退けえんちゅうもんねぇ。

ところがねぇ、一匹の太ーか猪(いのしし)がねぇ、

申し込んで来たてばい、ある日。

そうしてねぇ、あの、若(わっ)か者(もん)どんが、

「あの石ば退くっ」て言うて、

申し込む者とひとちい(一緒ニ)なって、

くじ引きで順番まで決めたて。

あったいどん、

「猪は人間じゃなかもん、

いちばん仕舞(しみゃ)あくさあ」て、

言うことで、猪は仕(し)舞(みゃ)あになった。

そいぎぃ、あの若(わっ)か者たちゃ一生懸命思いといどん、

「人間でもなか獣(けだもの)の猪でん、

良か女(おなご)ば好きじゃろうなあ」て、

言いよったてぇ。

そいぎぃ、娘さんが言うには、

「猪まで来た。あぎゃん、

猪に嫁御(よめげ)ぇには行こうごとなか」て、

言んしゃったて。

あったぎぃ、その床屋さんの親父さんの言うには、

「あの石はなあ、

あいでも表(おもて)にはちかーっと出(じ)ゃあといどん、

恐ろしか埋まっとっとこ、

まっとまっと十倍も二十倍も

あっごと沢山(よんにゅう)埋まっとっけん、

とても掘い出しゃえん。

猪のなんて掘い出し得るもんかあ。

お前(まり)ゃ、猪の嫁御ぇ行かじ良か。

若者のうち力持ちのヒョッとおんないば行たて良か」て。

「そうなあ」ち言(ゅ)うて、

娘さんな安心しとった。

あったぎねぇ、いよいよ誰(だい)でん仕事ばしてみたぎぃ、

怪我はすっ、腕の骨は折っ、

もう掘い出しゆっ者(もん)なおらんて。

そうして、とうとう猪の番になったちゅうもんねぇ。

あったぎぃ、幾ら何(なん)でん嫁さんな、

「猪の番にちぃなったあ。

なろうごとなかあ。猪の嫁になっごたっない死んだがまし」て、

言い始めたて。あったいどんが、

「まあ、掘い出しゃえん」て、

親父さんな言んさっもんじゃい、

安心しとったて。そうしたところがねぇ、

「もう、この話がさ、

ぎゃん広告ば出(じ)ゃあたけん、

広がって殿さんの耳にまで入らんとも限らんばい。

殿さんな器量の良か娘ば今探しよらすてばい。

ヒョッとすっぎぃ、お前(まり)ゃあ、

殿さんの嫁御ぇなっかもわからんけん、

世話せじ安心して待っとれぇ」て言うて、

なだめすかしてねぇ、

床屋さんの親父さんな娘に言いおらしたて。

そいどんさあ、いよいよ猪の番になったてぇ。

あったぎぃ、その日に限って朝から雨のドシャ降り。

その雨の日でん、猪の番じゃっもんじゃい、

猪ゃ顔中泥だらけになって石の周いば掘いくいかやっこと、

掘いくいかやっこと、

もう牙(きば)も半分な引っこげたいしてねぇ、

顔中血だらけになっとったてぇ。

そして、その明け方ばーい、

「その地の所(とこ)まっでん埋まっとっぞう」て、

言いよったその大石のさ、

道ん所(ところ)にコロッと、

転がっとったてぇ。

そけぇもう、汚れたくった顔の猪のヒョーンと立っとったて。

村ん人達もそけぇ見ぎゃ来て、

ビックイしたち。

「あいどん、

幾ら何(なん)でん人間の猪の嫁さんになって

聞いたことなか。

あすこの床屋の娘は可愛そうかねぇ。

猪の嫁御ぇなってばーい」て、

言わん者(もん)ななかったいどん、

猪は猪で、

「どうでんこうでん、約束は約束じゃっけん、

あの子は嫁にすっばーい」て。

「私(わし)が命がけで

この石ばこがんしたとじゃっけん」て、

言うてじゃっもん。

そいぎぃ、娘は泣く。床屋さんに、

「こぎゃん約束ばすっけん」ち言(ゅ)うて、

畳ば叩(たち)ゃあて娘は泣きおった。

あったぎぃ、床屋さんの親父さんはねぇ、

娘の耳に口ば寄せて、

コチョコチョコチョて、

何(なん)てじゃい言うたて。

そいぎね、娘も、

「もう、仕方なか」て言うて、

泣きよったいどん、起き上がって、

「私ゃもう、猪の背(せな)に花嫁衣裳どん着て、

そうして貰われて行くとやろうかあ」て言う時、

床屋の親父さんが、

「猪の背は痛かろうけん」て言うて、

藁の束を沢山(よんにゅう)持って来て、

猪の背に括(くく)いつけてね、

その上に娘が腰掛けて、

いよいよ出かけたてばーい。

猪は山の中をドンドン、ドンドン、

進んで行たて。木の枝のねぇ、

娘の頭てん顔てん当たっごと

山ん奥深(ふこ)う行たてじゃっもんねぇ。

あったぎぃ、娘がねぇ、

「木の枝の当たって通られーん」て、

言うたけん、その猪は立ち止まったて。

そん時、火打ち石でね、

猪の背の藁にさ、この娘は火をつけたて。

そして、木の枝の引っかかったとに

娘は早(はよ)う枝にブラ下ったて。

あったぎぃ、娘は猪の背から離れたいどん、

あの、猪の背の藁はもう、

ボウーボウーで燃え上がったもんじゃい、

猪はビックイして、

もう背中の燃えかかって、

そいば取り退(の)けえんもんじゃっけん、

一生懸命まっしぐら走んもんじゃい、

沢山(よんにゅう)背中の藁は燃(もゆ)って。

そうして、とうとう山のその辺(へん)も

生い茂っとっもんじゃい、

山火事になってしもうて、

とうとう猪ゃ炎につつまれて死んでしもうたてばーい。

焼け死んだて。そうして、

その娘、その日の夕方ションボリ、

幾ら何(なん)でん可愛そうなことをしたにゃあ、

と思うて、家(うち)に帰って来らしたと。

人達ゃ、娘が猪に連れて行かれた時も、

「可愛そうじゃったあ」て、

言いよったいどん、

今度(こんだ)あ、猪が焼け死んだち聞いたぎぃ、

全部(しっきゃ)あ、

猪に同情してさ、

猪を哀れむ者ばっかいやったて。

そいぎねぇ、床屋の親父さんも、

猪にむぞうげ(可愛ソウ)なことばしてしもうたあ、

と思うて、ほんに後悔ばしんしゃったて。

そうして、ちょうどその猪の死んだ月が十月やったもんじゃい、

そいから先ゃ、

十月の初めの亥(いのしし)の日にはね、

猪の霊ば慰みゅうで思うて、

床屋さんな丁寧に猪の霊ば慰むっお祭いば始めんさったて。

そいが亥の日の祭いの始まりで。

今でん、そぎゃん亥の日の祭いちゅうて、

すっ所(とこ)のあってばーい、

て言うことです。

チャンチャン。

〔二  本格昔話その他〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P262)

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