嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

ある男がもう、正月のじき来んもんじゃ、

年の暮れにはねぇ、

馬ば引いて正月の買い物しぎゃ町さい行たちゅう。

そうして、お魚【さかな】やらねぇ

いろいろ何【なん】やかんや

味噌やら醤油やら、こう馬につけて来よったちゅう

あいどんねぇ、峠ば

えて行かんばらんちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、峠ば越えて、

あの、その男が馬ば引いて帰って来よったぎねぇ

峠の真ん中辺【にき】でさ、

「あの、馬ん背中の魚【さかな】ばくいろう」ち言【ゅ】うて

何【なん】じゃい呻【うめ】くちゅうもん。

ありゃあ、山姥ばいにゃあ。

辺【たり】の山姥の出て来【く】っていう話を聞いとったけんと

男は思うたて。

【寒気ガシタガ】、

「こりゃ、正月の買物【きゃあもん】じゃっけん、

くれん、やられん」て、

言うたら、その山姥がまた、

「魚ばくれんぎぃ、

馬ばいち【接頭語的な用法】食うぞう」て、言うたて。

そいぎぃ、

馬ばうち【接頭語的な用法】食わるっぎ大事【ううごと】と思うて、

「さあ」ち言【ゅ】うて、

そん中から一本ね、塩引きの魚ば一本ほたい【放リ】投げてやったぎぃ、

どうやら後ろん方で食べよった。

早【はよ】う急いで来【こ】んばにゃあ、

と思うて、急いで来【き】よったぎぃ、

ほんなこて、じき食べてしもうて、

「魚ばくれんぎ馬ばいち食うぞう」て、また言う。

そいぎまた、くいた。

まあーだ行くぎぃ、また山姥が追っ駆けて来てねぇ、

「魚くいろ」て、言うてじゃんもん。

まだ道ば行こうでちゃ、

まあーだ三里ぐりゃあ遠か所【とこ】じゃったて。

困ったにゃあ、えらい物に取っつかれた思うて、

男は怖【えっ】さ怖さ急いで汗だくで行きおったぎぃ、

「まいっちょくいろ」ち言【ゅ】うて、

とうとう魚は全部【しっきゃ】あどめくいてしもうたて。

そいぎぃ、

「馬ばくいろう」ち言【ゅ】うたぎぃ、

「魚ばくいられん。

馬ばくるっぎぃ、どがんしゅっなか」て、言うたら、

「そんなら、お前【まい】ば、

うんば【オ前】、いち食う」て、言うたて。

そいでもう、やい取いしよったけれども、

「馬ばくれんば、うんばいち食う」て言う。

困ったねぇ、と思うて、

そいで、ズウッと行きよったぎぃ、

「馬は足一本で良か」て、言うもんじゃっけん、

「足ばやったこんな馬は歩きえん、

跛【びっこ】すっ」て、言うたら、

「そいぎぃ、うんばいち食う」て、

言うもんじゃい、馬の足ばやったちゅう。

そいぎぃ、跛々【びっこびっこ】しよった。

「まあーだ、まいっちょくいろ」ち言【ゅ】うて、

とうとう四本ながら馬の足ばいち食うてしもうたて。

そいぎぃ、足は歩きえじそけぇおったぎぃ、

馬ながらいち食うて山姥がしもうた。

馬は胴体が太かもんじゃい、

時間の長【なご】うかかったけん、

その間【やぁじ】ゃもう、

命がけで一生懸命走って自分の家【うち】に、

その帰って来たて。

そうして、その男は正月は青息吐息でもう、

ハアーハアー言うて、

熱出【じ】ゃあて、正月の間寝とったて。

そいばあっきゃ。

〔二四三 牛方山姥【AT一一二一】【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P226)

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