嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

村に恐ろしゅう働き者【もん】の婆さんが、

たった一【ひ】人【とい】暮らしおんしゃったてぇ。

昼は野良仕事をすっし、

夜【よ】さゃ遅【おす】うまで夜鍋して働きよんしゃったて。

ところがばい、ある夜【よさい】、

夜鍋ばしよったぎぃ、天井でドタッて、

怖【えす】か音のしたてじゃっもん。

そいぎぃ、婆さんなビックイしたいどん、

今度は天井にあぎゃん怖かごと音んしおんにゃあ。

貂【てん】の仕業じゃろうだーい、と思うて、

まだ夜鍋に精出してしおんしゃったて。

そしてもう、仕事も一段落としたもんじゃ、

ああ、餅でん焼あてもう、

お腹【なか】のすいたもん、食べよかにゃあ、

と思うて、焼きよったぎぃ、

良【よ】か塩【ん】梅【ばい】焼けたばいと思うぎぃ、

何時【いつ】んはじゃじゃい、

その焼きよった餅の無【の】うなっちゅうもん

。おかしかにゃあ、

ぎゃーなこと【ソンナコト】今までなかったいどん、

何【なん】の仕業じゃろうかあ、と思うて、

家の外さい出て婆ちゃんがジイッと家【うち】ん中を見おったぎばい、

赤鬼の来とったて。

そいがおっ盗【と】っていち食【き】いおったて。

そいでねぇ、もう餅ゃなかごとちい焼あたとば、

そい食うしもうてねぇ、

キョロキョロ、キョロキョロ

その赤鬼の家ん中ば見おったちゅうもんねぇ。

そうして、赤鬼が一人【ひとい】ごと言いおったて。

「もう、今夜は寝【に】ゅう。

何処【どこ】が塩梅【あんばい】良かろうかにゃあ」て、

言おったちゅう。

そいぎぃ、婆ちゃんはねぇ、困ったにゃあて、

ほんに思わしたいどん、あいどんねぇ、

今怖【えす】かもんじゃ、

ジイッと見おらしたぎぃ、その赤鬼はねぇ、

「あった、あったあ。あすけぇ太ーか釜のあった。

こいが寝っとにゃ塩梅の良かごたっ」

ち言【ゅ】うて、

その釜ん中【なき】ゃあねぇ、くぐうたちゅう。

そうして、中ゃ入【ひゃ】あったとよいか早【はよ】う

、グウグウ鼾【いびき】をかいてさい、

眠ったごたっふうじゃったて。

おいぎぃ、婆ちゃんなジイッと見たぎぃ、

ほんなこて眠っとんもんじゃい、

今度【こんだ】あおろちいて

隣【とない】の若【わっ】か者【もん】起こしぎゃ行たて、

「お前【まい】、家【うち】に鬼の来て

釜ん中ゃ寝とっけん加勢してくいろう」て言うて、

隣の者ば連れて来たち。そいぎぃ、隣の者も、

「何事【にゃあごと】じゃろうかあ。

鬼の来たてやあ」て言うて、

じき来てくれたて。そうしたぎねぇ、

「あの釜に蓋【ふた】ばしてくんさい。

ないだけ太か石ば見つけて来て、

釜の蓋の上に載せてくいさい」ち言うて、

婆ちゃんがもう、拝むごと頼みんさいちゅうもん。

そいぎねぇ、若か者が太か石ば見つけて来て、

釜の上に載せてくいたて。そして、

「ちかっと【少シ】透き間ば作ってくいろ」て、

婆ちゃんが言うごと、

そぎゃん透き間ば作っとったもんじゃい、

婆ちゃんなそっから水ば釜に入れたてじゃっもん。

そしたぎぃ、こいで良かーと思うて、

婆ちゃんはもう、ドンドンやって火ば燃【もや】あたてぇ。

あったぎねぇ、初めはその赤鬼にゃねぇ、

ありゃあ、温【ぬく】うなってきた。

塩梅の良かにゃあ、と思うて、

おったいどんもう、

恐ろしか熱【あつ】うなってきてねぇ、

とうとう赤鬼は釜ん中で煮えてしもうたてばーい。

そいぎねぇ、婆ちゃんなねぇ、

朝になってさい、

ジイッと釜ん蓋ば取ってみんさったぎぃ、

赤鬼の血で真っ赤に釜ん中はなっとったて。

そいぎぃ、そいばねぇ、赤鬼の死んだけん良かったと思うて、

裏の畑に持って行たて婆ちゃんな、

水ば捨てんさいたと。

あったぎぃ、そん時は時も時で、

蕎麦の畑に生【お】えとったちゅうもん。

そいぎぃ、その赤【あっ】か血の汗ばこぼしたもんじゃい、

もうじきねぇ、蕎麦の茎は真っ赤に染まってしもうたて。

そいから先ゃ、毎年毎年、

蕎麦は茎の赤かとの生えたちゅうよ。

そいで蕎麦の茎は赤かと。

そいばあっきゃ。

〔二四三 牛方山姥【AT一一二一】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P224)

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