嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしーねぇ。

恐ーろしかけちん坊ちゅう欲張りの、

おらしたてぇ。

「お前さんな、

嫁さんな何時【いつ】まってん取らじぃ、

年取ってしまうばあーい」と、

村の者【もん】から言わるいどん、

「あいどん、嫁御ば取おっぎぃ、

嫁御にゃ飯ば食べさせんばらんけん、

もう取らんがまし」て。

「嫁御の分までも稼ぎえん」て、

その男が言うそうですもんねぇ。

ところがねぇ、この欲張り男が、

ある日んこと家【うち】おったぎねぇ、

「ごめんくっださーい」ち言【ゅ】うて、

来た者のあったて。

見てみたぎもう、

恐ろしか体格の良か、

太か女【おなご】やったてぇ。

そして、

「あんさんは、嫁さんにあの、

毎日ご飯ば三度三度食べさせんばらんけん、

それが惜しいさに、

お嫁さんば取んさらんてやろう。

私【わて】はねぇ、ご飯どま食べじも、

ちゃーあんと良いかよう」て、言うたてぇ。

「そいが、本当かあ。

お前【まい】さんな、

ご飯名三度三度食べじいもいいのかあ」て聞いたぎぃ、

「ああ、もちろんご飯な食べません」て、

そがん言うたて。

「そいぎぃ、家おってくれ」て。

そして、

「女の仕事もいろいろあっけん、

機を織ったい、水汲みもしたい。

そいから洗濯もしてくいたい、

いろいろ仕事があっぞ。

まんま【ご飯】も炊【ち】ゃあくれない」て言うて、

「そん代【か】い、

お前さんなまんまは食べちゃいかん」て、

その欲張り男は言うたもんだから、

「ああ、結構です、結構です」て言うた。

そして見よったぎねぇ、

恐ろしか体格の良【ゆ】うして、

太か者だからもう、

本当【ほん】に仕事も何でんすっちゅうもんねぇ。

「畑ば打ちぎゃあ行くぎぃ、

自分よいかもう、沢山【よんにゅう】打つてぇ。

田圃に行たても仕事のさばくっ。

水も、もういっちょん難儀さんごと汲んでくるっ。

本当に樂ちんで良かにゃあ」て。

「ご飯の食べんこう」て言うぎぃ、やっぱい、

「食べん」て。

「約束だもんなあ」て言うて、

自分ばっかいお御馳走こしらえてもろうて、

うまうまと食べらすちゅう。

そういうことばしよったぎねぇ、

ある日のこと、ああ、ほんなこて仕事も稼ぐどん、

ご飯な食べじぃ、

ほんなこて生きとっとやろうかにゃあ、

て思うてねぇ、

「今日はあの、少し具合の悪かけん、

田圃には出んで家に休んどるよう」て言うて、

その男は布団ば引っ被ってね、

「ああ、今日もお昼が過ぎた頃だあ」ち言【ゅ】うて、

「おい、飯、飯」ち言【ゆ】うたぎぃ、

一人前、檀那さんとん分、ご飯ば持って来てやったて。

そうして自分は食べんてやんもんねぇ。

ところがねぇ、夕方近くになったぎねぇ、

ジィッとこうして見たぎぃ、

ゴソゴソ、ゴソゴソ、ゴソゴソゴソ、

何【なん】か忙しそうにしよっけん、

何しおろかにゃあと思って、

もう小便【おしっこ】しぎゃあ振いして、

天井裏【うり】ゃあ上がって、

こうして見おったぎねぇ、大ーきか歯釜をねぇ、

物置から出してきて、お米を量って洗【ある】うて、

大ーきか歯釜いっぱいご飯ば炊きおってぇ。

あらゃ、ご飯ば炊きおっ。

あぎゃん沢山【よんにゅう】、

ご飯はどがんすっとやろうかあ、と思って、

こうして目を凝らして見おったぎねぇ、

ブンブンやって炊【ち】ゃあて、

ご飯のできあがったぎねぇ、

頭ばパラパラパラってして、髪を真ん中に、

こう踏み出したぎねぇ、

頭の真ん中に大ーきか口のぽっかり開かったて。

そうして、できあがったご飯をねぇ、

持ち上げて釜ん中の上から、

パサーッと頭の上の口に、

ご飯ば入れて食べおったてぇ。

「ありゃあ、家【うち】の嬶は化け物じゃった。

ご飯な食べじ働きよらんやった。

やっぱい食べよったあ」て、言うてねぇ、

ブルブルブルって震うてねぇ。

そうしてあの、天井裏から降りて来てねぇ、

もう色蒼【あお】うなって、

そこから駆け出したて。

そいぎその、嬶になって来たとはね、

「見たなあ」て、言うたが最後、

後追いかけて来っちゅうですもんねぇ。

もう命からがら一心に逃ぐっけどもう、

だんだん追いついて来【く】っ。

くうして【コウシテ】見たぎねぇ、

蓬と菖蒲のそこんたりくう【接頭語的な用法】植えとっ所のあったて。

ああ、こりゃあ追いつかっるっばい。

この中【なき】ゃあ隠れとかんばあ、と思ってねぇ、

もうジャブジャブやって、

そこん中【なき】ゃあ入【ひゃ】あってね、

ジィッとかごうどったぎねぇ、

その食わず女房ちゅうて、

ご飯な食べんちゅうて来た女はねぇ、

「ありゃあ、見失のうた」ち言【ゆ】うて、

先さいズンズン走っていった。

そいぎぃ、そいから先ゃあ、

この男はねぇ、

「もう、この蓬と菖蒲で助かったあ。

蓬と菖蒲とここん辺【たい】生【お】えとらんないば、

見つかって我が命なかじゃった」ち言【ゆ】うて、

村に帰って村ん者【もん】にねぇ、

言うて触れ歩いたて。

そいぎぃ、そいがちょうど、

じき五月五日ごろじゃったて。

そいぎ皆がねぇ、家の門に蓬と菖蒲を、

こうして家の隠れたごと、呪いのごとして、

蓬と菖蒲を立てて、

男の節供ちゅうてごとなったあ。

そいばっきゃあ。

〔二四四 食わず女房【AT一四五八、cf.AT一三七三A、一四〇七】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P226)

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