嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしの、これも昔の話です。

「子猿のくれた枡」の話をしますよ。

ねぇ、お爺さんとお婆さんと仲良く暮らしおったてぇ。

そして、お爺さんは何時【いつ】ーも山の畑に、

畑を打ちに出かけおんしゃったて。

お婆さんの作ってくれた焼き団子ば持ってねぇ。

焼き団子を昼弁当に持っちゃあ、出かけおんしゃった。

何時【いつ】うでん周りにゃ、お猿どんが来【き】おるけど、

今日は子猿が来たてやんもんねぇ。そうして、

その子猿がねぇ、お爺さんの顔ばっかし見おって。

心の優しいお爺さんだから、

「おい、おい。子猿、子猿」て。可愛い子猿だから、

この焼き団子が欲しいかなあ、と思って、

「これ、食べるかあ。焼き団子やるぞー」ち言【ゅ】うて、

子猿の側に持って行たて焼き団子ばやろうとすっけど、

「嫌【いや】あ」ち言【ゅ】うて。「そんなのいらない」て。

「なぜぇ」て、聞いたら、お話したんだってぇ。

「お爺さん、家【うち】のお母さんがねぇ、

お腹【なか】が痛しゃあしよんしゃっ。

そいで、病気で死にんしゃっかわからん」て。

「私は心配で食べ物も欲しくない」て、言うたて。

「そりゃあ、心配だなあ。よしよし、世話すんなあ。

お爺さんが今、腹薬をやるから」ち言【ゅ】うて、

懐にしまっていた腹薬の丸い黒い包みを子猿のお手に、

小さいお手に、

「これをなくすじゃないよ。

これを、早【はよ】う帰ってお水でお母さんに飲ませなさい。

そいぎ治るから」ち言【ゅ】うて、親切なお爺さんがやったんだってぇ。

子猿は喜んで、

「有難う」て言うて、山の藪【やぶ】の中に帰って行ったそうよ。

お爺さんは夕方まで一生懸命働いて、

「お婆さん、ただいま」て、言うて帰ったて。

そしてまた、翌日もねぇ、

「お婆さん、また焼き団子頼みます」ち言【ゅ】うて、

焼き団子ばお昼の弁当に持って山の畑に行って、

ガッカンシヨウ、ガッカンシヨウて、畑を打ちおんしゃったて。

そいぎまた、昨日【きのう】の子猿がねぇ、

チョコーンとやって来たのでお爺さんは、

「子猿、お母さんの具合はどうだ」て、聞いたら、

側に子猿がチョコチョコって寄って来て、

「お爺さん、どうも有難うございました。

お母さんの腹痛【はらいた】はじきに治りました。

有難うございました。人間の薬はよく効きましたよ。

一遍で治りました。有難うございました」ち言【ゅ】うて、

もう十遍ぐりゃいお礼をペコンペコンてしたて。

そうして子猿の言うことにゃ、

「今日は帰りにぜひとも私の家【うち】に来てください」て。

「お母さんが、お礼を言いたいそうです」て言うて、

「私は、ここで遊んで待っていますから」て。

「そうかあ」て言うて、お爺さんは夕方まで、

ガッカンショウ、ガッカンショウて、一生懸命畑を打って、

夕方になったので子猿の案内でズウッっと、

テクテク、テクテク日の当たる道を、

夕方のもう日の暮れる前に行きんしゃったて。

そしてねぇ、行きおったら大きな家じゃったてじゃもん。

「お爺さん、ここが私の家です」て。

「立派な家だなあ」て、言うて入ったら、

やっぱり子猿に似たお母さんがねぇ、いて、

「本当に昨日のお薬は有難うございました。

お陰で私もこんなに元気でおります。

今日は、お爺さんにお礼を申し上げたかったです。

お御馳走をして待っていましたから、どうぞ、気楽に食べてください」て、言うてねぇ、

もう恐ろしゅう優しくもてなして、猿酒だの、

そいから木【こ】の実の煮物だの、美味【おい】しいのばっかりご馳走になったて。

そいでもねぇ、

「婆さんが待っているから余【あんま】り長くはおれないねぇ。

何【なん】でも腹いっぱい美味しい物ばかり戴いた。有難うよ」て言うて、

お爺さんが帰ろうとしたらねぇ、子猿が、

「お爺さん、お礼にこの枡【ます】ばお母さんがやれて」て言うて、

小さな枡ば持って来たて。

「そうかあ。そいぎ記念に貰って行こうかあ」て言うて、

お爺さんはその枡をみやげに持って帰んしゃったてぇ。

そいぎぃ、帰りがけに子猿は、

「お爺さん、その枡はお米を量る枡だからね」て、念を押したから、

「はい。わかりました」て言うて、お爺さんはお家に帰って、

「お婆さん、ただいま」

お婆さんは、

「お爺さん、待っていたよ。今日は遅かったですねぇ」て、言ったから、

「実は、今日はねぇ、昨日【きのう】、子猿がねぇ、

『おふくろさんが腹痛【はらいた】しているから』ち言【ゅ】うから、

私【わし】が腹ん薬をやったんだ。そいぎぃ、

『そのお礼に家まで来てくれ』て言うて、お御馳走にないに行って来たよ。

何でん美味【うま】かとばご馳走して、猿酒まで飲ませられたよ。

美味しかったよう。そして、おみやげにこの枡ば貰【もろ】うたあ」て言うて、

お爺さんが小さな枡を見せたて。

「これはねぇ、お米を量る枡だってさあ」て言うて、

お爺さんがお婆さんと、

「そいぎ量ってみましょうかあ」て、いうことで、

白いお米を持って来て、ザーアッて、枡に入れたら、

枡に入るか入らんうち、お米がもう、いっぱいになり、

部屋いっぱいにまで、ザクザクザクで溢【あふ】れてきたんだって。

そいから毎日毎日、そういう調子で、お爺さんとお婆さんは、

美味い白いご飯を食べて、そうしてお金持ちになって一生楽に、

裕福に、金持ちになってねぇ、暮らしんさいたてよ。

親切にしんしゃったけん、良かったねぇて。

そいばあっきゃ。

〔二三三A 猿報恩【AT一六〇】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P215)

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