嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

お寺にさ、絵ばっかい描【か】きおっ小僧さんのおらしたちゅう。

そいで、この小僧さんも雪舟さんじゃなかいどん、

お経さんどまいっちょん覚えんてじゃっもんねぇ。

絵ばっかい描きよって、ほんにその絵の上手てじゃっもん。

そして、その小僧さんな何【なん】かちゅうぎぃ、

猫ん絵ばっかい描くちゅう。その猫のねぇ、

ニャーンて言うて、鳴【な】ゃあたい、尻尾ば振ったいすっちゅう。

そぎゃんことで小僧さんは有名にいちならしたちゅうばーい。

そのお寺まで有名になったてぇ。もうニャーンて言うたい、

尻尾ば振ったいすっちゅうもんじゃっけんねぇ。

絵に描【き】ゃあたとの。

そうして、

そのお寺は小僧さんの描いた絵の沢山【よんにゅう】あったてやっもんねぇ。

そいけん、鼠どんまコトッでも音させたことはなかったて。

あったぎねぇ、ある日、

隣【とない】村の和尚さんがこの寺を尋ねて来【き】んさったてぇ。

そうして、言んさっには、

「こなたのお寺は、

『鼠どまいっちょんおらん』ち言【ゅ】うが、ほんなこっじゃろうかあ」て、

言んさったちゅうもん。

そいぎぃ、ここの和尚さんの言んしゃっには、

「ない。寺【うち】の小僧がばんたあ、猫の絵ばっかい描きよっと。

そいぎぃ、あっちこっち猫ん絵のもう、

ここん辺【たい】いっぴゃああんもんじゃっけん、

鼠どま寄いつきえんとたんたあ」ち言【ゅ】うて、語いさんたちゅう。

そいぎぃ、その和尚さんなね、しめたあ、て心のなかで思うてね、

「今日、お寺さいお尋ねしたとはなんたあ、

私【わし】の寺の恥ずかしかことないどん、

もう鼠に荒らされて困いよっ」て。

「夜になっぎ天井から、そりゃあ鼠の騒動すっ騒動すっ。

もう、何【なん】でんかんでん、

騒動ばっかいじゃなし食い荒りゃあて、

本尊様の棚までかじいよっとばんたあ。ほんにもう、困っ」て。

「始末におえん。ほんに評判に聞きあぐっぎぃ、

『こなたの小僧さんの絵ば貼ったぎぃ、鼠の寄いつかんごとなっ』ち聞いたもんじゃ、

今日は、そういうこっで、

寺【うち】にもその猫ん絵ば描【き】ゃあてどまいただくみゃあかあ、

と思うて、お尋ねしましたあ」て、

言んしゃったぎぃ、そのお寺の和尚さんの言んさっには、

「そぎゃん鼠のおんないば、ほんな物の猫ば飼うときんさい。

そいが早道ばんたあ。そいぎぃ、

鼠はおらんごとなっばんたあ」て、言んさったいどん、

尋ねて来た隣村の和尚さんの言んしゃっことには、

「いんにゃあ、猫どま沢山【よんにゅう】おいどん、

いっだんと鼠の恐ろしゃしよっ。

鼠の音のすっぎぃ、おろちいて私の膝さにゃ来て、震えおんもん」て、

言んさっちゅうもんね。

そいぎぃ、和尚さんのね、

「そぎゃあな沢山【よんにゅ】か鼠どま絵の猫ぐりゃあ追い散らしゆうかあ」て、

言んさいたて。

「あいどん、呪【まじに】ゃあでん病気でんなりまっしょうがあ。

そうして、こなたの小僧さんの絵ば、ほんに、

『ニャーン』て、言うてじゃっけん、

どぎゃんじゃい来てどまいただくみゃあかあ。

ほんに七重の膝は八重に折ってお願いします」て、

言んしゃったもんじゃい、ここの和尚さんも、

「そんないば小僧さんばやってみまっしゅう」て、引き受けんしゃったて。

そうして、小僧さんを早速、

「じき行くぎぃ」ち言【ゅ】うて、隣村の和尚さんに小僧さんは、

つんのうて行きんしゃったちゅう。

そいぎぃ、隣村のお寺に着いたぎもう、荒れとっ、荒れとっ。

ほんに荒れとったいどん、

小僧さんな一方、我が好いとっ猫の絵ば描ゃあて良かもんじゃい、

もうほんに心浮きじゃったてぇ。

そいぎぃ、そのお寺に着いたぎぃ、

「ぎゃん荒れとっけん、気に入った所【とけ】ぇ、

何処【どけ】ぇでんあなたは描【き】ゃあてくいて良かばい。

猫ん絵は何処でん描ゃあて良か。ないたけ余計描ゃあてくんさい。

鼠の数も沢山【よんにゅう】かいどん、

猫の数も多かったが良かろう」て言うて、

お茶てんお菓子てん、

そけぇ置【え】ぇて奥さい和尚さんの引き籠いんさったて。

そいぎぃ、小僧さんなほくそ笑【え】んで、

今日はお経どん読まじ良かあ、と思うて、

嬉しゅうして、我が好【し】いた絵ば描ゃあて良かもんじゃい

、ほんなこと今日【きゅう】は良かったにゃあ、と思うて、

太ーか襖【ふすま】のそけぇあったもんじゃい、

その親猫ば六匹、子猫ば三匹、太ーか襖に描【か】きんさいたて。

そうして、和尚さんに声ばかけて、

「もう、仕事はすんだですよう」て、

言んさったぎぃ、和尚さんのやって来て、

ヒョッと襖ば見てビックイしんしゃったて。

「小僧さん、

『何処【どけ】ぇでん描【き】ゃあて良か』てちゃ、

言うたいどん、この襖は大切な襖」て。

「そいば、ところもあろうにぎゃん汚【よげ】ぇて、

襖に描ゃあてくいて」ち言【ゅ】うて、

もう色青うなって震【ふり】いおんさったて、和尚さんな。

そいぎぃ、小僧さんな突然、その描【き】ゃあ絵の猫にね、

「来い来い来い」て、言んさったてぇ。あったぎぃ、その猫どんが、

「ニャンニャン」ち言【ゅ】うて、あの、

小僧さんの所【とこ】さい寄って来たちゅうもん。

甘えて出て来たちゅう。

そいば確かにその目で見たそこの和尚さん名、

驚くのなんの、慌てるのなんの、もうほんに慌てて、

「さっから言うことは堪忍、堪忍、良か良か。

もう描ゃあたとは良か良か。

元【もて】ぇ戻【もで】ぇてくんさい」ち言【ゅ】うて、

平謝りに謝【あやま】んさって。

そいぎ小僧さんな、襖に猫ば戻して帰んさいたちゅう。

あったぎねぇ、その夜【よ】さい、

そのお寺の本堂には、恐ろしか酷か物音のしたと。

雷の落ちたとかにゃあ、と思うごと、

怖【えす】かごとギョ、ニャオ、ドスン、ドタッ、物凄かったて。

そうして、朝、夜の明けてみた時分には、何【なーん】も物のせじぃ、

ひそっとしとったもんじゃい和尚さんな、

我が家【や】の小僧たちと一緒にその本堂に行たてみんさいたぎぃ、

何事【にゃあごと】も本堂であったろうかにゃあ、

と思うて、来てみんさいたぎぃ、

本道の真ん中【なき】ゃ、

牛んごたっとのコロッて死んどっちゅうもん。

ありゃあ、ぎゃんとの死んどっ、と思うて、覗いてみんさったぎぃ、

太か太か、そりゃ鼠やったてぇ。牛んごと太か鼠やったて。

そうして、その辺【へん】いっぱゃあ血だらけじゃったちゅうもん。

襖ば、こうして見てみんさいたぎぃ、三匹の子猫のさい、

小【こま】―か鼠ばまあーだ食べよっ最中じゃったて。

そうして、親猫どまどぎゃんかいちゅうぎぃ、

耳のちぎれたともおっ。足ば怪我しとっともおった。

「襖の絵の猫のぎゃん太か鼠ば食い殺したとかい」て言うて、

和尚さんはビックイして檀家の人達ば呼びぎゃやんしゃったて。

見てもらおうだいと思うて。あったぎぃ、

総代さん方がもう沢山【よんにゅう】、

村ん人達もじき集まって来てね、

「うーん。ムニャあ」ち言【ゅ】うて、

呻【うめ】ぇて見んさいたと。襖の絵ばねぇ。

そいぎぃ、そのことがじき評判になって、

その襖見物人のそいから先ゃ毎日【みゃあにち】、

そのお寺さい詣【みゃ】あぎゃ列つくって来【き】んさいたちゅう。

あったぎぃ、その話ば聞いて村の長者さんのねぇ、

太ーか金屏風【きんびょうぶ】ば今度【こんだ】あ持って来て、

その絵ば描く小僧さんのお寺さい行たてさ、言んさっことにゃ、

「小僧さん。あんたの好【し】いとっ絵ばいっちょ描【き】ゃあてくんさい。

家【うち】の宝物にすっけん」て。

あったぎぃ、二、三日経ってから長者さんの行たてみんさったぎぃ、

何【なーん】も描ゃあてなかて。そいぎぃ、小僧さんに、

今日は描ゃあてくんさろうかあ、と言んしゃったぎぃ、

「いんにゃ、まあーだ墨擦いよっ最中」て、言んしゃっちゅう。

そいぎぃ、また二、三日してから来んしょったぎぃ、まあーだ墨ば擦って、

その墨のバケツ一杯【いっぴゃあ】溜まっとったあ。

そいぎぃ、その長者さんな、

「小僧さん、小僧さん。お前【まい】さんなそいぎぃ

、気どま狂うとっちゃなかあ。

何時【いつ】描ゃあてくるっとやあ。

バケツに墨ば溜めぇてぇ」て、言んしゃったぎぃ、

小僧さんな、何【なーん】ても、ものいっちょも言わじぃ、

その金の屏風の半分よいかちぃっと下ん方にベターアて、

筆で線ば墨で引きんさいたちゅう。

そいぎぃ、長者さんな、

「ぎゃん良か屏風になんちゅうことすっやあ」ち言【ゅ】うて、

叫【おめ】きんさいたて。

あったぎぃ、そいば聞くとよい早【はよ】う小僧さんな、

その左【ひだい】手の方にあった数珠ばさい、

墨の中【なき】ゃひゃって入れたぎぃ、

パターンて、襖ば目かけて投げつけんさいたちゅう。

そいぎぃ、長者さんな驚いたい、腹きゃあたい。

「こら、やめてくんしゃい。ぎゃん汚【よげ】ぇて、

金の屏風じゃっとけぇ」て言うて、

半分泣かんばっかい、

「やめてくいさい、何【なん】ちゅうことばすっ」て言うて、

言んさったぎぃ、良う襖ば見とんさったぎさ、

数珠の結び目ん所は太ーか親蟹のおって、

周りには沢山【よんにゅう】子蟹のゾロゾロ、ゾロゾロしとっ絵じゃったちゅうもん。

そいぎぃ、小僧さんな長者さんから叱【くる】われたもんじゃっけん、

手はそえて襖の端から、

「シッシッシッ」て、言んさったちゅうもんねぇ。

あったぎぃ、その金の屏風からさい、

蟹の、子蟹も親かにも、ゾロゾロ逃げ出【じ】ゃあて来っちゅう。

そいば長者さんが見て、またビックイ、

腰まで引っ繰り返ったごとビックイして、

「小僧さん。やめてくれ、やめてくれ」ち言うて、

黄色か声ば出ゃあて、喚【おめ】ぇて、

「もう、やめてくれ」て言うて、止めんさったぎぃ、

子蟹のたった一匹残ったて。

長者さんな、この金の屏風は我が家【や】に持ち帰って宝物にしんしゃったて。

そうして、時々人達に見せびらかしんしゃいどん、その屏風ば見する時ゃ、

「『しっ』ては、絶対に言うことなんばい」て、まずそいば言んさって。

「『しっ』て言うぎぃ、またたった一匹残っとっ子蟹のひん逃げてしまうけん、

『しっ』ち言【ゅ】うことならん」て、言んしゃったて。

そいばあっきゃ。

〔二三二B 絵猫と鼠【cf.AT一六〇】【類話】〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P213)

標準語版 TOPへ