嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

山の木を切ることを商売にしとった男がおりましたて。

今日も木を倒さんばらん、

と思うて、鉈【なた】を一生懸命研【と】いでねぇ。

そうして、

もう、あの山の辺【にき】ば通いおったちゅう。

そいぎぃ、

どぎゃんしたんはずみじゃい

腰の紐【ひも】が緩【ゆる】うどったとじゃい、

その鉈がスラーッてかっかえて、

そうして、沈んでしもうたちゅうもん。

そいぎねぇ、

長【なご】ーうその男は、我が商売道具ばかっかえてしもうたにゃあ、

あの鉈んなかぎぃ、どぎゃんしゅうかにゃあ、と思うて、

その山道にボーッと、立っとったちゅう。

そいぎねぇ、

一時【いっとき】ばっかいしとるうち、何時【いつ】のはじゃあ、

後ろん方から、

「もしもし」て、きれいか女【おなご】の言うちゅうもん。

そうして、

「あなたあ、鉈を落としんさったですねぇ。

私【あたし】があの、鉈のある所にご案内しましょうかあ」て、

言んしゃったて。

「あなたの鉈は竜宮の乙姫様が預っていらっしゃいますよう」て、

言うたて。

「良かったあ。

そいぎぃ、あんたあ、連れて行たてくんさい。

あの鉈のなかぎぃ、私や働かれん」て言うて。

「そいぎぃ」ち言【ゅ】うて、後ろからちいて行くぎねぇ、

水にも何【なーん】にも濡れじぃ、ズウッと行かれて立派な門のあって、

竜宮城さい着いたて。

そうしてもう、

そけぇ行たぎ、恐ーろしか目の覚むっごたっきれーいか所じゃったて。

大広間さん通されて、乙姫さんの来【き】んさったて。

そうしてねぇ、

「鉈を落されたのはあなたさんですかあ」て、聞きんしゃったけん、

「はあーい。私、確かに私が鉈を落としました」て、言んしゃったて。

そいぎぃ、

「しばらくお待ちください。ご馳走して進ぜましょう」て、

言んしゃったてぇ。

そうして、その男は酒好きじゃったちゅうもんねぇ。

そうしてもう、いろいろ鮃【ひらめ】の踊いとか、

蛸【たこ】踊いとか、もう珍しかっとばあっかい踊いどま出たいどん。

ご馳走もまた山んごと出て、もう食べきらんごとご馳走の出たちゅう。

そうしてもう、美味【おい】しゅうしてたまらんじゃったて。

そうして、お酒も、

「さあ、どうぞ。さあ、どうぞ」ち言【ゅ】うて、

きれーいか乙姫さんつきの女達から酒も勧められて、

酒の美味しさ美味しさ、

もうその、ただでぎゃん美味しか酒ばいただくないぱ、と思うて、

もう腹一杯お酒も戴いてねぇ、その男はフラフラになったて。

そいぎぃ、

「あの鉈を戴きとうございます。

私も、あの、家族の者【もん】も待っているから、

お暇【いとま】しとうございます」て、言うたて。

そいぎぃ、

「もう、お帰りですかあ」て言うて、お乙姫さんが、

落とした鉈を持って来てくんさったちゅう。

有【あい】難【が】たかことじゃったにゃあ。

ぎゃんして、竜宮城は正直っか者【もん】ばっかい、と思うて、

鉈を戴いて帰んしゃったちゅうもんねぇ。

ところが、たった二、三時間ぐりゃあおったろうかにゃあ、

と思うような、わずかな時間じゃったあ、と思うとったぎぃ、

もう三年も過ぎとったてぇ。

そうして、元【もと】案内してくいた竜宮のお付きの女の人が、

「さあ、私が道案内しましょう」ち言【ゅ】うて、

ズウッと水分けて帰って来たぎぃ、

自分の家【うち】には和尚さんの、コツコツ、コツコツ木魚叩いて、

お経ば上げよらすて。木魚の音の聞こゆっ。

「誰【だーい】の死んござったじゃろうかあ」て、聞いたら、

「あなた、何【なん】とかさんの」ちて、

我が名前ば近所の者【もん】の言いなっ。

「冗談【どうたん】のこと、

私ゃ、ぎゃんして鉈ばかっかやあた【落トシタ】とば持って帰って来た

とこれぇ」て、言うたぎぃ、

「あらー、死んどらんじゃったない良かったあ」て言うて、

おっ母【か】さんが出て来て、

「お前【まい】さんな三年も家【うち】さん帰らんから、

今日【きゅう】は三年忌やったばーあい」ち言【ゅ】うて、

言わしたちゅうけん、

「ああん。冗談のごと、

チャーアンと、ぎゃん本人の帰って来たあ」ち言【ゅ】うて。

「そいぎぃ、良かったあ」て言うて、言んさったいどん、

その日から熱を出して、とうとうもう、

明日をも知れんごと酷か病気、得体も知れん病気持ちになんしゃったて。

そうして、その男が言うことには、

「ああ、あのお酒の美味【うま】かったあ。

まあいっちょうあの酒ばいっちょ飲んでから死にたか」て。

「末期に、あの酒ばいっちょ飲みちゃあもん」て、言うけれども、

誰【だーい】も竜宮さい行きゆっ者はなかったて。

とうとう末期の酒は飲みそこのうて、

その男はちい【接頭語的な用法】死んだちゅう。

そういうことです。末期の酒です。

そいばあっきゃ。

[

「二二六 黄金の斧【AT七二九】【類話】] (出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P202)

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