嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

狐が随分村の人達を、もう騙くらかして困らせよったてぇ。

ところがねぇ、

狐どんも恐ーろしゅう困ったこともあったちゅう。

狐がねぇ、足に大きな刺【とげ】をさして、とても痛がってねぇ、

「エーエーウーウー」ち言【ゅ】うて、峠でうずくまっとったて。

そこに、かねて村いちばんの貧乏なお百姓さんが、

夕方遅くまで野良仕事をして帰って来【き】よんしゃったて。

そいぎぃ、

道の真ん中に、「ウーウー」唸【うな】って、

動きえんで、狐がおっちゅうもんねぇ。

騙さるっと思うて、

オズウオズウ【怖レナガラ】避【さ】けて通ろうと思うて、

しおんさったけど、側に寄って見んしゃったら、

何【なん】か知らんけど、

その人の顔を見ちゃあ、顔を見ちゃあ【顔ヲ見イ見イシナガラ】、

目に涙まで出しとったて。

そいぎぃ、こりゃ何【なん】じゃい困っとっとばいねぇ、と思うて、

その人が、狐の足の方ば、こう見たら、

恐ーろしゅう大きな刺【とげ】が足の裏に刺【さ】さっとったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、その人は、可愛そうに痛かったろう、と思うて。

そうして、その刺ば、

「待っとれよ。我慢しとれよ」て言うて、

自分の膝【ひざ】の上に狐の足を乗せて、

そうして、大きな刺を取ってやって。

そうして、

「自分の唾気【つばき】は病いの薬じゃ。よし、よし」ち言【ゅ】うて、

つけてやんしゃったて。

「唾はねぇ、万病の薬【くすい】やっけん、早【はよ】う治【ゆ】うなれ」

ち言【ゅ】うて。

そいぎぃ、その狐はねぇ、じき治【よ】くなったとみえてもう、

後ろ見い後ろ見いして、藪【やぶ】の中の山ん中に跳んで行ったて。

その百姓さんは、村いちばんのもう日陰田で、

何時【いつ】ももう、米も取れんで貧乏ばっかい、貧乏百姓じゃったて。

ところが、

その古狐を助けてからはねぇ、もうあんなに他所【よそ】の稲は

穂の重たく垂【た】れて黄金色に実ったのに、

その貧乏百姓さんの所は、ヒョーンと立って、しいらばあっかい。

そいぎもう、

何時【いつ】もお役人さん達が今年の年貢米ば決みゅうて思うてしんしゃけど、

「あの百姓は、肥料も買【き】ゃあえじぃ、肥料もやいえじぃ、

今年も、殻ばあっかい」ち言【ゅ】うて、

「あすこからは年貢は取らーん」ち言【ゅ】うて、

「あすこは見んてちゃ良かもん」ち言【ゅ】うて、帰らしたて。

ところが、

もうその年貢を取り立てる調べの終わった後【あと】からはねぇ、

その貧乏【びんぶう】百姓さんの家【うち】は

恐ろーしかその田が実っちゅうもん。

「不思議かてぇ。ほんに不思議かなあ。

お役人しゃんの来【き】んしゃった時は、ヒヨッと首は立って

実は何【なーん】もなかごとしとったいどん、

突【とっ】拍【ぴょう】子【す】もなかごと実のなっとっ」て言うて、

ある年ゃ、村の若者衆が、

「なしあぎゃん、一晩のうち実のっかにゃあ。

いっちょそいば良【ゆ】う確かめてみてみんばあ」て言うて、

やって来たちゅう。

そして、ジイッと一晩どんじゃわからんやった。

二晩どんでもわからん。五晩目になったて。

あったぎぃねぇ、

何【なん】じゃろう、小【こま】ーか黄色かごたっとば

担【かた】げた狐のやって来てばい、

その貧乏百姓さんの田ん中いっぴゃあ、パーッと夜のうち蒔きよったて。

そいぎぃ、朝見なっぎぃ、恐ろしかそいが実のっとんもんねぇ。

ありゃ、古狐の加勢しおっとばい。

古狐の、その貧乏百姓さんの家【うち】の田は、

何時【いつ】ーでん実のらじおったとに。

そいから、その、貧乏て言われんごと米の余計取れて、

とってもそこは金持ちさんにならしたて。

誰【だい】でん親切にせんば。

動物でん何【なん】でん可愛がってしゃがおくぎぃ、

そのご恩ば忘れんとよて。

ご恩返しば古狐がした、と言うことじゃった。

そいばあっきゃ。

[二二八 狼報恩【AT一五六】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P204)

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