嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしねぇ。

池の端ちゅうとは泳ぎ場のあったもん、泳ぐ所【とこ】。

もうお昼ご飯ば食ぶっぎぃ、誰【だーい】でんそけぇ行たて

パチャパチャて、泳ぎおったと。

そうしてもう、夏は水が天国でねぇ、泳ぎおったぎねぇ。

誰【だい】でん割り早【はよ】ーうひい上がったいどん、

おチヨちゃんちゅう子はねぇ、あの、

おっ母【か】さんが早【はーよ】う小【こま】んか時、死んでさい。

そうして

婆ちゃんと二【ふ】人【たい】暮らしやっとたい。

そいぎ

家【うち】帰ってちゃが、婆ちゃんのおいないばかいやんもんで、

遅【おす】うまでたった一【ひ】人【とい】残って、

バチャバチャバチャ泳ぎおったちゅう。

あったぎねぇ、その池の向こうからねぇ、

小【こ-ま】か男んごたっとの、ありゃあ怖【えす】かにゃあ。

もうあの、大抵【たいち】ぇ体も冷【つめ】とうなったけん、

上がらんばにゃあと思うて、上がったぎねぇ、

あったぎ、男の来たて。

おチヨちゃんが昔、着【き】物【もん】着とったけん、

着物ば着おったぎね、

「これば、堤ん上、

私【あたい】が兄【あんじゃい】者【もん】がおっけん、

兄者ばやってくいろない。

そいぎ、やいどんせんぎぃ、わりゃあ、大事【ううごと】ばい」て、

威かすもんじゃ、おチヨちゃんが、こうして見たぎ

目ばっかい太かごとして、ギョロウギョロウすんもん。

怖【えす】かにゃあと思うてね、

そしてその、そいば持ってズウッと草履【ぞうい】ば履【ひ】ゃあて

パタパタパタやって、もうじき日の暮るんもん。

婆ちゃんも待ちなっけんと思うて、家さい行きよったぎね、

堤に行く手前の方に、お寺のあったちゅう。

そいぎぃ、お寺の和尚さんが、

「もう夕方じゃんもん。

隣【とない】村【むら】まで行こうでちゃ遠かけん」ち言【ゅ】うて、

お茶講に、法事に出かけおんさいた。

そいぎぃ、すぐ、その和尚さんにパッタリ出っかしたわけ、峠の坂道で。

そいぎ

和尚さんな、

「チヨちゃん、ぎゃん遅【おす】う何処【どけ】ぇ行きおんなあ」て、

聞きないたけん、

「はあー。あのこいばねぇ、知らん者から

『紙ば兄【あんじゃい】者【もん】にやれぇ』て言うて、預かって、

そいばやいぎゃ行きおっ」

「使【つき】ゃあば頼まれとっとにゃあ。

ぎゃん遅【おす】う、我がそがん怖【えず】うなかにゃあ。

どら、何【なん】て書【き】ゃあてじゃい、見せてんさーい」て言うて、

その紙ば、こう受け取って、和尚さんのこうして見んしゃったぎぃ、

何【なん】も書ゃあてなかてじゃんもん。

いっちょ裏返して見たもん。裏も表も何【なん】も。

「こりゃあ、何【なん】も書ゃちゃなかたいよう」て。

「何も書ゃあちゃなか。ただ紙ばやいぎゃ行きよっとにゃあ」

「いんにゃ。何【なん】じゃい書ゃあてあっち、言いないおったあ。

書ゃあたてばい、和尚さん」て、チヨちゃんが言うたぎね、

「そぎゃんにゃあ」て、案じおったぎぃ、

よし。そがん面白か。

ああ、水ん中から来たないば河童じゃろうに違【ちぎ】ゃあなか、

と思うて、

その紙ばペラーッて、水に濡らきゃあたぎねぇ、字の出てきたてばい。

「こん子は痩せっぽちじゃいどんが、骨ばっかいの子じゃいどん、

仕方なか。食わんとよいたましじゃろう」て、書ゃあてあったてぇ。

あったぎ和尚さんの、

「チヨちゃん、これ何【なん】と書ゃあてあったいどん、読まれん。

ただん紙と思うて、書ゃあちあったさいほんなこて。

わりゃあ大事【ううごと】すっ。

あいどんにゃあ、

和尚さんな何じゃい良か知恵ば教ゆっちゅけん」ち、

パリパリパリて、そうしてもう、うっ捨てんさったて。

そして、我が懐から紙に書ゃあてねぇ、

そこん辺【たり】南瓜の植えとったちゅうもん。

南瓜の茎【くき】ば取ってねぇ、南瓜の茎でね、何【なん】じゃいこう、

書きんさいたちゅう。熱心に考え考え書きんさいたて。

そりゃ、どぎゃん書きんしゃったかち、言うぎね、

「この子はおっ母【か】さんば持たじ婆ちゃんと二人で暮らしおっ。

二【ふ】人【たい】暮らしで枯れ枝んごと痩【や】せとっ」て。

「ぎゃんとば兄【あんじゃい】者【もん】の食うては、

味も何【なーん】もせん」て。

「こいばみやげにやって、こいどん食【か】すっぎぃ、

肉のちいったおろ付【ち】いて、

そいまで待ってこの子に鯉ば捕ってきてみやげにやらい」て、

書ゃあてあったて。そしてこいば、

「『和尚さんには、会うたち絶対言わじぃ、

あの、泳ぎおったぎ託【ことずか】って来た』ち言【ゅ】うて、

やらんばばい。和尚さんに会うたて言うことなんばい」て言うて、

念ば押してやんしゃったぎぃ、

「うん」ち、頷【うなず】いて行たて。

スタスタスタ歩いて、その堤ん辺【にき】行たぎね、

ジュクッてしたとの、もうちいーった年取ったとの、待っとったてばい。

そいでねぇ、もう涎【よだれ】たらしおったて。

ダラダラ、ダラダラよそわしか【気味悪イ】にゃあちゅうごと、

そうしてもう、お頂戴したて。

そいぎぃ、

「はい」ち言【ゅ】うて、やった。

そいぎぃ、握っ時ゃニコニコしとったどんねぇ、

一時【いっとき】ばかい読みよったとが、しかめ変わったてやんもん。

そうして、グリッとその手紙ばねぇ、

グリット目くい出【じ】ゃあて見っぎぃ、よそん悪かごとしたて。

そいでね、

「待っとれ」て、言うたけん、ようーしてそけぇつっ立っとったぎねぇ、

一時【いっとき】してう抱【じ】ゃあてねぇ、

「これ、みやげくるっ。こいば婆ちゃんと食え」て言うて、やったて。

そいぎチヨちゃんなねぇ、その鯉ば持って行たて、

「婆ちゃん。知らん者【もん】から貰【もろ】うたあ」ち、

持って行たぎぃ、

婆ちゃんの、

「そぎゃん、やたらに知らん者から

何【なん】もかんも貰【もら】うことなん」て。

「毒どま入っとるかわからんぞう」て。

「いんにゃあ。こりゃあ、私がう抱【だ】くまで、あの、

尻尾のピチーイピチーイ動きおったけん、毒は食うとおんみゃあ」

て言うてね、婆ちゃんと食べたち。

あったいどん、

そいからその話がねぇ、田舎のこっで噂が広がったちゅう。

誰【だい】でんチヨちゃんが遅うまで泳ぎよったぎぃ、

あぎゃんとの河童のつけて手紙ばいち食【け】ぇて、書ゃあてやったあ、

ち言【ゅ】うて、尾ひれつけて噂がしたぎぃ、

そいから先ゃねぇ、

「子供は堤どま根っうさんで行くことなんぞ。

あつこん辺【たい】を通っこてんなん。

そいから、一【ひ】人【とい】どん泳ぐことなんばい」ち言【ゅ】うて、

親達もね、念入れてあの、子供に注意したけんね、

河童の出んじゃったいどん、あの、

子供も親も注意してね、こう河童に捕らるっちゅうことは、

そいからなかったあ。

あいどん、

池の主を弟の棲んで、堤の主は兄貴が棲んで、

カチャイカチャイ良か塩梅【んばいの】の手ごろんとばねぇ、お尻取る。

あの、みやげに食べさせおっ。

そいばっきゃ。

[二二五 沼神の手紙【AT九三〇、九三〇】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P201)

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