嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

貧しいお爺さんとお婆さんが仲良く暮らして、

とても気心のいい優しいお爺さんお婆さんだったて。

そいで、

この人達も正月にも餅も搗けないというほどの貧乏だったと。

そいで、

「お爺さん、薪【たきぎ】を売って来【き】てよう。

【なぜ、晦日に薪を売るかちゅうと、

お正月のため晦日にお餅を搗くから薪を必ずいると思うから、

お婆さんが薪は買い手があるだろうと思ったわけ。】

お爺さん、薪を売って来てお正月、家【うち】もお餅を搗きましょうよう」

て言うて、薪を売りに行かせたてぇ。

だけども、

足を棒にして、

「薪やあ、薪」ち言【ゅ】うて、お爺さんは売って歩いたけど、

なかなか薪を買う人がないて。

皆、忙しそうに通り過ぎて見向きもしない。

お爺さんは、スガスガと帰りがけに、

「ああ、もう薪は売れんだったから、川に投げて乙姫さんにでもくりゅう」

ち言【ゅ】うて、お爺さんは薪を川に流してしもうて。

「お婆さん、ただいま。薪は売れんじゃったあ」て言うて、

帰って来【き】んしゃって。

そいぎお婆さんは、

「お爺さん、そんなしよげることないですよう。

お餅はなくてもお正月様、やって来ますよう。

お爺さん、何時【いつ】もの粟飯でお正月ばいたしましょう。

お正月様は来【こ】んことない。

明日【あした】になったら、お正月様だから」て言うて、

お婆もお爺さんのしょげたのを元気づけたて。

そいぎぃ、

「お婆さん、そういうことにしましょうねぇ」て言うて、

戸を閉めに行ったら、トントーン、トントーンて、戸を叩く者があったて。

「あらー、明日お正月というのに誰【だい】だろう」て言うて、

「お爺さん、誰か表【おもて】に来ていますよう」ち言【ゅ】うて。

お爺さんが戸を開けたら、きれーいな娘さんが外に立っとったちゅう。

そして、

「お爺さん、今晩宿を貸しください。

私はここまで来たけれども、もう他所【よそ】に泊まりに行く所がなく、

何処【どこ】ーでも、

『お正月』ち言【ゅ】うて、戸を閉めて戸を開けてくれません。

どうぞ、お願いだから泊めてください」ち言【ゅ】う。

「はい。あなた、ご覧のとおりの貧乏で、お布団もろくにないけど、

良かったらどうぞ」て言うて、入れたて。

そいぎ娘さんは、イソイソとしてそこん辺【たり】を片付けたりして、

「お世話になります」ち言【ゅ】うて。

そして、上って来たんだって。

ところが、

お正月になってもなかなか帰らないで

三日も四日も、その辺【へん】を片付けたい何【なん】かして、

野原に出ては柔らかい草を摘んで来たいして、

美味【おい】しいお御馳走を作ったりします。

「お爺さんもお婆さんも座っとってください。座っとってください」て、

まめまめ働く。

「何処から来たのか、ほんにいい子だねぇ」ち言【ゅ】うて、

お爺さんもお婆さんも満足しとんしゃったて。

そうこうしているうちに、

「私は行く所【とこ】んないから、お爺さんお婆さんの娘にしてください」

て、言いかかったて。

「こりゃ大変たまげた。

あんたのごと、いい子供、娘さんが、家【うち】の子になってくれたら、

私どん、どんなに助かるかわからん」ち言【ゅ】うて、

とうとうそこの娘さんになってしもうたて。

そいぎねぇ、

そこん辺【たい】の長者さんが

息子の嫁さんばあっちこっち捜しおったいどん、

恐ーろしかそこの長者さんは欲深かで、

もう皆から憎まれとったもんだから、

「あすこに、お嫁にどん行くもんじゃない」ち言【ゅ】うて、

皆が性分を知っとったから、

お嫁に行く者がなくて息子の年は四十もいちないよっとこれぇ、

お嫁に来る者はなかったて。

そいぎぃ、

「フッと貧乏なお爺さんお婆さんの所【とこ】に、

今頃、きれーいか娘のおってよう」て、噂を聞いて、

「見ぎゃ行って見ようかあ」ち言【ゅ】うて、息子も連れて行たあ。

そしたら、今まで会うたごともなかごと

きれーいか娘さんのおったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

「お前所【まいとこ】にゃあ、この、娘ん子、お前達にゃ似合わん。

家【うち】の息子にくれ」て、言んしゃったて。

「『家の息子にくれ』と、藪から棒に言われても私どめぇは、

この娘ばやるわけにいかん。

娘に聞いてみんことにゃあ」ち言【ゅ】うて、娘さんに聞いたら、

首はもう、横に振って、

「決して行きません。

私は、お爺さんお婆さんの娘になりに来たんだから、行きません」て。

そいぎぃ、その長者がもう、

そいからプリプリ怒って難題を持ちかけたわけ。

そいぎぃ、

「灰で注連縄ば綯【な】ったとば持って来い。お盆にのせて持って来い。

そいができんぎぃ、あの娘を家【うち】に貰うぞ」て言うたて。

そいぎ

お爺さんは、

「灰で縄どん綯わるんもんね」て言うて、心配したげど、

娘さんはそれを聞いて、

「なんのお安い御用です。心配いりません」て、ニコニコして言うたて。

そして、

「お爺さんお婆さん、注連縄はこの新しい藁で立派に作ってください。

そして塩水につけて、そしてこれを燃【むえ】ない

金の盆にのせて燃【もや】すぎ良か」て、

燃したら立派に形が残って注連縄がお盆の上にできたて。

「はい、どうぞ」ち言【ゅ】うて、持って行たて。

「ありゃ、ありゃ。こりゃあまた、どうして作ったいどん、

立【じっ】派【ぱ】にちいできたあ」ち言【ゅ】うて、

「お前【まい】達は、こぎゃんできたぎ困ったにゃあ。

今度【こんだ】あ難しい難題ば出さんぎぃ、見事に灰で縄ば綯うて来たあ」

ち言【ゅ】うて。

そいぎぃ、

「今度あ、何ば出すか。

あの爺ん坊には、何【なーん】もできん難題ば持ちかけんば」て言うて、

「馬の子ば、千匹揃えて、持って来い」て、こう難題をかけた。

こりゃあ、とても難しいけんできん、と思うて、

お爺さんは

これには、またしょげてお家に帰って来たて。

「馬の子を千匹も、どぎゃんして集めらりゅう」て。

「とてもできることじゃない」ち言【ゅ】うて、しょげて帰って来た。

「お爺さん、今日の難題は何【なん】でしたあ」て、娘さんが言うが、

「もう、あすこに行たてくりゅよい【行タテモラウヨリ】方法はなかよう」

て。

「何て言われましたかあ。聞かせてください」て、娘さんが言うから、

「『馬の子を千匹も、連れて来い』て、言われた」て、言うたら、

「お爺さん、何てお安い御用」て。

「そんな心配するに及びません。何て、そんな心配いりません」

ち言【ゅ】うて、

「お前【まい】が、そんなことできるか」て聞くて。

「はい。もう、見よってください。

明日【あした】の朝までに小馬を千匹かじきに集めます」て。

「どうして、そんなことができるのかあ」て、

お爺さんお婆さんはビックイしていると、

もう夜が明けてみたらもう、表【おもて】に可愛い子馬がゾロゾロおって。

「そいぎぃ、こいば連れて行くぎぃ、良かねぇ」て言うて、

長者さんの家に、

「ほら、連れて来た。牧場【まきば】どま用意しとんねぇ」て言うて、

無事に連れて行くことができたて。

もう、こいでやらじぃ良かろうだい、て安心しとったところが、

また難題を持ちかけてきて、

「世の中になかことば言わんば。何【なん】でん神さんのごとできるけん、

今度こそ世の中になかことば言わんばいかん」て言うて、

「物の化中法ちゅう小箱ば持って来い」て、言うたて。

「それには春の始まりもついとらんばらん。

そいからドスコイもついとらんばらん。

そぎゃんとのある物の化中法を持って来い」て、長者は言い渡したて。

「『物の化中法』てなんてん、聞いたこともなか」て。

こげん長【なご】う生きたが一度も耳にしたことのなか不思議なこと」て、

もう、爺さんは、

また足どり重く長者さんの家から、スゴスゴと帰って来たてやもん。

「お婆さんやあ、娘、チョッと聞いてくれんねぇ。

こんな難題ば持ちかけられたあ」て。

「そりゃあ、何【なん】でしょうかあ」て、娘さんが聞いたら、

「『物の化中法』て、春の始まりもついとらんばらん。

そうして、ドスコイドスコイもついとらんばらん。

そいから、これは辛い。私どんは聞いたことなかあ」ち言【ゅ】うて、

お爺さんは言うたら、

その娘さんも、初めてションボリしてしもうたて。

そうしてもう、クシュンクシュン泣き出したて。

お婆さんも心配そうにションボリして、お爺さんと三人は額を集めて、

「いよいよ、お前は、あすこに行かんばらんねぇ。

困った難題ばっかいかけて困らせてぇ。

ほんに、私【あたい】どま長【なご】う生きて、

ようようあんた来て幸せになったと思うとったぎぃ、

困ったことになったねぇ」て言うて、

一晩泣き暮らしんしゃったて。

そうして、三日目になった時、娘さんが、

「仕方ありません。私にあと三日、お暇をください」て、

お爺さんお婆さんに言ったて。

その娘さんはねぇ、竜宮から来た子供じゃったて。

その時、娘さんは打ち明けたそうです。

「お爺さんに年の晩に薪を戴いたことをほんに乙姫さんがお喜びになって、

『お前【まい】、あすこの娘になってご恩報じをせろ』

と、言われて、やって来たんです。

そいで、ただいまから竜宮に帰って乙姫様に相談してみます」て。

そいぎぃ、

「いいとも。いいとも」て言うて、お爺さんもお婆さんも許したのです。

そいぎぃ、その娘さんは、

「では」と、いうことで、三日間のお暇を戴いて行きました。

そうして、三日経ったらその娘さんは、確かに帰って来たんです。

小さな小箱を抱えションボリして帰って来ました。

「こいで、お爺さん、これを持って行ってください」て言うて、

差し出した小箱。

「ほんに難儀をかけたねえ。

乙姫様が、『これをやったらいい』て、言われたのかあ」て。

「うん」と、頷【うなず】きました。

そいぎぃ、お爺さんは、その小箱を大事に抱えて、

長者さんの家【うち】に行ったそうです。

そうしたら、

「あらっ。世の中に『物の化中法』もあったのかあ」て、

その長者も驚さんいて言うたて。

「はい。これが『物の化中法』でございます」て言うて、

お爺さんは恭【うやうや】しく差し出したら、

その長者さんは一【いち】の蓋【ふた】をソロリと開けた。

そうしたら、広い座敷いっぱいに梅の花がいっーぱい咲いて、

何処【どこ】から飛んで来たのか鶯がもう、

二羽、ホーホケキョ、ホーホケキョて、美しい声で鳴いたそうです。

そいぎぃ、二の引き出しを今度【こんだ】あ開けたら、

小さなお相撲さんが出て来て、ドスコイドスゴイて、

もう吹き出すように可愛いのが面々相撲取るんですって。

「こりゃあ、面白い。こりゃあ、面白い」ち言【ゅ】うて、

周りにおん者が見たそうです。

そして、最後の引き出しを長者さんが開けたら、

そうしたら鎧【よろい】をつけて槍を持った侍が、

ゾロゾロ、ゾロゾロって、出て来て槍でその長者さんやら、息子やら、

その奥さん目かげてもう、

チャンチャンバラバラで突き刺して殺してしもうたて。

長者さん達は、とうとう死んでしもうたて。

そいで、もとどおりに娘さんとお爺さん、お婆さんは、

もう怖【こわ】い者なしでめでたく、

それからは無事に暮らすことができたそうです。

その、そういうふうな恐ろしいことの起こる箱だったから、

娘さんがションボリなったわけがわかりました。

そいばあっかい。

[二二三 竜宮童子【AT五五五】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P193)

標準語版 TOPへ