嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしねぇ。

ある男が、山道を行きおったらねぇ。

そうしたらもう、子供達がいじめよったて。

そいぎねぇ、

「ああ、お前達。蛇はいじむっぎ祟【たた】いのくっよう。

私に、その蛇ば売ってくれ」て言うて、お金ばちかっとばっかいやって、

「蛇よ、蛇よ。こんなにあの、ノロノロ出てきちゃ駄目だよ」て、

言うてから、

「そんなり早【はよ】うお帰り」ち言【ゅ】うて、帰んしゃったてぇ。

そうして、その辺【へん】の、この年はめったになかような大早魃でねぇ、

田圃でも畑でもひび割れて、

今は田植えはされんていうごとある年やったちゅう。

「水が欲しいねぇ。水が欲しいねぇ」と、山の草や木も枯れおったて。

そんな時、お爺さんは、

「田圃ば見ぎゃ行かんばねぇ」て、

そん時見ぎゃ出よった時じゃったもんねぇ。

そいぎある晩のこと、もう戸締りして寝よう、と思うとったら、

トントン、トントンて、戸を叩く。

出て見んさったら、きれーいか乙姫さんのごたっとの、

高髪【たかがしら】結うたとの外に立っていて、

「お爺さん、この間は有難うございました。

本当に命を助けて戴いて有難うございました。

私【あたし】竜宮見物にご案内いたしますから、

今日はぜひお出でください。竜宮様が、

『ぜひ、お連れするように』と、私は言いつかって来ました」て。

「でも、私は人間の身で水の中を行くことはできない」て、

お爺さんが言うて。

「いや。そんなことは、わけありません。

私のこの羽織をはおってくださったら、

それだけでもう、水の中ていう気はいたしません。さあ、参りましょう」

て言うて、手を取って羽織を上からひっかかえて、

そのお爺さんを背中に背負【かる】うてやった。

そうしたら、もう水の中でもその辺【へん】の空気のごとして、

そうして、ドンドン、ドンドン行ったら、じき竜宮城の門に着いたて。

そうして、

きれーいな着飾った鯛【たい】やら鮃【ひらめ】やら、鱸【すずき】やらが、

もうものの見事に、もうきれーいな着物を着て出迎えをして。

そして、

奥の竜王様の所に連れて行たて。

そうして、

奥の所に行って、頭を下【さ】げとったら、竜王さんが出て来て、

「私の娘を助けて戴いて有難うございました。

『ほんに人間世界を見てみたい』と、言うもんだから、

もう余りねだられて断わりきれずに、チョッと暇を出したら、

子供達から叩き殺されるところだったそうですね。

本当に有難うございました。

今日は心ゆくまで、お持て成しをいたします」て言うて、

今まで大抵見たこともないような、お御馳走やら、お菓子やら飲み物やら、

もういっぱい御馳走ば出して皆でもう、持て成しをしたて。

「あの、もう、私もう、長【なご】うは長居できませんので、

お暇【いとま】をいたします」て、言うたら、小さな縁の長―い、あの、

徳利のような物を持って来たそうです、腰元が。

これを抱【かか】えて竜王様にやったら、

「これは、私の娘を助けて戴いたささやかな、お礼ですけん。

これはあの、なんぼでも水が出ますから、もう本当に、ご安心ください」て、

言んしゃったて。

そいぎぃ、

「願うてもない物を頂戴いたします。

実は、人間世界では今、雨が降らないで水がなくてもう皆、

『田植えもできない、お米をとることもできない』ち言【ゅ】うて、

嘆き悲しんでいた時に、これは本当に宝物です。有難うございました。

有難く頂戴いたします」て言うて、小【こ】脇【わき】に抱えて、

また送られて、その爺さんは娑婆に帰って来たて。

そうして、

「何処【どこ】に置こうかあ。ここに置こうかあて。

「ああ、あの観音さんの縁がいちばん良か」て言うて、

観音さんの縁の方にその徳利を置いたら、

その縁からポコポコ、ポコポコ溢【あふ】るっごと水が出てきて、

きれーいな水が谷川を流れ、野を流れ、田圃いっぱい水を浸して、

それは、それから先はもう、飲み水にも畑・田圃の作り物にも、

いっぱいその村は、あの、水のお陰を受けて、

水の絶えることがなく幸せな村になったて、いうことです。

チャンチャン。

[二二四 浦島太郎【cf.AT四七〇、四七一】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P196)

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