嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

山ん村に

とても正直なお爺さんがたった一【ひ】人【とい】暮らしおんさったて。

お爺さんは薪【たきぎ】ば山に取りに行って、

その焚物【たきもん】を町さい売いぎゃ行たて暮らしおんしゃったて。

そうして、

恐ろしかねぇ、寒か大晦日の日じゃったて。

「今年も、もう今日【きゅう】までにいちなったあ」て言うて、

取って来た焚物は売いぎゃ行きんさったちゅうもん。

そうして、

「薪はよかったねぇ。薪はいりませんかあ」て、言う言う、

町ば行たい来たいすっばってん、

誰【だーい】でん買う者【もん】はなかちゅう。

そいぎねぇ、ああ、今年ぎゃん重たかとば持って帰らんばにゃあ、

と思うて、帰おって橋ん所【とこ】まで来た時、

「とうとう今日は売れんじゃったあ。

あいどん、竜宮でもお正月だろうもん。

こいば竜宮の乙姫さんに差し上ぎゅうだーい」て言うて、

独り言ば言うてねぇ、薪を川ん中にやんしゃったぎねぇ、

水が渦巻きんしてさ、じき流れもせじぃ、

ほんなそっから焚物は見えんごとなったちゅうよう。

そいぎぃ、

お爺さんは体が軽うなって良かったにゃあ、と思うてねぇ、

トボトボと帰おんしゃったぎねぇ、

橋の向こうの方に小【ちん】か女【おなご】の人の

小【こま】ーんか猫ば抱【うじ】ゃあて立っといなっちゅうもん。

そしてねぇ、

「お爺さん、本当に焚物ば有難うございました。

この猫は乙姫さんの可愛がっておんさった猫です。

でも、

『お爺さんから焚物ば貰ったお礼に、お爺さんにぜひ差し上げてこい』

て言われて、私【あたい】、お使いに来ました。

そうしてばんたあ、

この猫に毎日魚【さかな】を一匹ずつ食べさせてくださいねぇ。

そうして、あなたの欲しい物をその猫に言うぎぃ、

チャアーンと猫がしてくれますから」て、言うたと思うたぎぃ、

もうじききゃあ消えとっごと見えんてじゃっもん、その女の人が。

ありゃ、何【なん】じゃい聞こうで思うても聞きもされん。

お礼も言う暇もなかったあ、と思うてねぇ、

お爺さんなその猫を抱【うじ】ゃあて、家【うち】さい帰ってさ、

乙姫さんの可愛がっておんさった猫ないば、神様にお供えしとこうだい、

と思うて、そうして神棚に上げてばい、

「ああ、有難【あいがと】うござんした」て言うて、

「私【あたし】はお金ば欲しかばってん」て、こがん言んしゃった。

あったぎねぇ、ゾクゾクゾクって、小判のそけぇ出てきたて。

ありゃあ、ほんなこて有難かあ。まいっちょ言うて良かろうかにゃあ、

と思うて、今度はねぇ、

「お米ー」て、言んしゃったて。

あったぎぃ、お米のじき、

真っ白かとのお爺さんの目の前に出てきたちゅうもん。

お爺さんは、良か物ば貰うたにゃあ、有難か。

焚物ばほんにやったばっかいで、こういう良か物ば貰うて、

お米を貰うし、お金も貰うし、と思うてねぇ、有難い有難い、と思うて、

毎日そいから川さい魚ば捕いぎゃ行たて、

そうして、猫に魚を食べさせよったて。

川で魚ば捕いえん時ゃ、魚屋にねぇ、

お魚ば買いぎゃ行たてやいよんしゃったて。

そいぎねぇ、そのお爺さんの家【うち】はねぇ、

昔から貧乏しとんさったもんじゃい、

雨の降い出【じ】ゃあたいすっ時は、雨漏りの酷【ひど】うしていかん。

雨の漏って困ったちゅう。

余【あんま】い雨漏いすんもんじゃい猫ん所【とけ】行たて、

「お家が余い粗末かけん、少し立派な家が欲しかねぇ」て、

お爺さんがこぎゃん言んしゃったら、

じき前ん畑に御殿のごたっ新しいお家【うち】のじきできとったて。

そうしてねぇ、お爺さんな猫ば貰うてからちゅうもんな、

もう何【なん】不自由なか生活をするごとのできたちゅう。

そいぎねぇ、その不自由なか生活に慣れてしもうて、

お爺さんはばい、

「猫さん、

私【わし】ゃ何【なん】もお願いすっごとのもう無【の】うなったよう。

あんた、もう竜宮さい帰っても良かばーい」ち、

こうちい言んしゃったて。

あったぎねぇ、神棚から猫は、ニャーンても鳴かじさ、ピ-ンて降りて、

そうして表【おもて】、ジョクジョクジョクって、走って行たて。

そいぎぃ、お爺さんはそいば見て、

「猫、お前【まり】ゃおっても良かばい。おってくれ。

私ゃ、寂しかけんおってくれ」ち言【ゅ】うて、追っかけたぎぃ、

もう猫が早かったちゅう。

そうして、とうとう見失うてお爺さんは、

重か足を引きずって家【うっ】たい帰って来んしゃったぎぃ、

もう元のごと雨漏いのすっ元の家の一軒、お爺さんの家のあったて。

元の家に変わっとったて。

そいばあっきゃ。

[二二三 竜宮童子【AT五五五】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P192)

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