嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしはねぇ。

昔は今のようにこんな明るいていうとはなしに、

ランプや蝋燭【ろうそく】で暮らしておったもん。

そいでもう、

火が恐ろしゅう大切かったけん、

火鉢には底に火のついた樫【かし】の木木炭【もくたん】ば

深【ふこ】う埋【い】けて、

灰ばシッカイ被せて朝まで火の消えんごとしとったわけたい。

そいば

姉【ねえ】ちゃんがねぇ、大晦日の晩に火の番ちゅうて、

番しとらんばじゃったいどん、樫炭に火のつききらじぃ、

とうとう火種のその家【うち】は無【の】うなっとったて。

ところが、

チントンガラーン、チントンガラーンちゅうて、

夜遅うに何処【どこ】じゃいのお葬式のその家の前ば通っていたちゅうもん。

チントンガラーンちゅうて、

鉦【かね】ば打って通って行きんしゃったもんねぇ。

そいぎぃ、その家の姉ちゃんな大抵行きんしゃったらもう、

あの土手の一本松ば過ぎたろうかにゃあ、と思【おめ】ぇおったぎぃ、

トントントントン、トントントンと、戸を叩いて、

「ごめんなさい」て、誰【だい】じゃい、来【き】んしゃったて。

「何【なん】でしょうかあ」て、姉ちゃんの出んさったぎねぇ、

「私【わたい】どんがつけて来【き】おっ提灯の火のとうとうちい消えたけん、

こなたから火種ば貸【き】ゃあてどまくんさんみゃあかあ」

て、言んしゃったよ。

そいぎ

姉ちゃんな、生憎火種ば持ちんしゃらんやろう。

そいけん

断わんさいたぎぃ、

「私【あたい】どんも

提灯の明かりば消【き】やあて先が真っ暗して行かれん。

この闇夜やろうが。チョッと行かれんもなたあ。

そいけんもう、

こなたから火ば借【き】ゃあて得んぎぃ、

私【あたい】どんが棺桶【がんおけ】ば

お家に明日【あした】の朝まで預かってくんさんみゃかあ」

て、言うことじゃったて。

「あいどん、私ゃ叱【くる】わるいどんわからん。

そぎゃんご主人にも聞かじ勝手に預かられんどん、

土間のそこん辺【たい】の隅に良かないば置【え】ぇときんさい」

て、こがん姉ちゃんな言うたちゅう。

「預かってくんさんなたあ。ただ置ぇてくるばっかいで良かけん」

て言うて、

拝みたおすごとして、その人は立ち戻って、棺桶ば持って来て、

「お陰で良かった。助かった」ち言【ゅ】うて、帰って行きんしゃったて。

そいぎぃ、

翌朝は正月になって。

そうして、

お家【うち】の檀那さんが起きて来て、ヒョロッと庭ば見回して、

「あら、そけぇ見慣れん物【もん】のあっじゃなっかあ。

ありゃ、何【なん】かい」て言うて、聞きんさって。

「何【なん】ばコソコソしおんなあ」ち言【ゅ】うて、

降りて行って、被せもん取ってみたら、

そりゃあもう、まばいかごと金の光いのすっ小判の

いっぱい入【はい】った樽じゃったちゅう。

もうほんにねぇ、

誰【だい】で歳【とし】の晩【ばん】な何でん扱わんとか、

ああ、今日【きゅう】は良【ゆ】うなかとかて、言うけれども、

やっぱい人に親切にして人の難儀を助けとくぎぃ、

ぎゃん思いがけない良かこともあると。

その預かり物【もん】な黄金の入【はい】った樽じゃったて。

そいけん、

何時【いつ】ーでん親切な心を忘れんごと持っとくことが大切です。

そいばあっきゃ。

[二〇二 大歳の火【cf.AT七五〇】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P170)

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