嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

山奥の村にねぇ、とても情け深い、

そうして正直なお爺さんが一人【ひとい】おったてぇ。

そいぎぃ、

山道をズウッと歩きおったぎねぇ、

子供が、もうガヤガヤ、ガヤガヤ言うて、騒ぎよっちゅうもん。

ありゃ、何【なん】やろうかあ、と思って、覗きんしゃったぎさ。

そいぎぃ、

小さな子狸ば恐ろしゅういじめよったい、

転ぎゃあたい、投げたいしおったて。

そいぎお爺さんな、

「こりゃ、こりゃ。生き物【もん】ばそぎゃんいじむっもんじゃなかぞう。

狸が鳴きよっぞう」て、言うてねぇ、

「お前達、爺さんが銭【ぜん】ばやっぎ売ってくるっかあ」て、言うたら、

「ワイワイ。良か、良か。そいぎぃ、良か」ち言【ゅ】うて、

一も二もなく承知した。

そいぎぃ、爺さんのその子狸ば貰うてさ、山の方さいまた帰って、

木の茂った所さい行たて、

「子狸、人のおっ所【とこ】さいもう来【く】んなよ。

あぎゃん酷か目あうじゃないか。山奥がいちばん良かぞ」て言うて、

帰んしゃったあて。

そいからねぇ、もう爺さんな、その狸んこと忘れとったてぇ。

長【なご】う忘れとったちゅう。

そうして、釣【つるべ】落しの秋の短い日が暮れてしもうた、その夕方、

暮れ時じゃったてぇ。

隣村まで用事に行たぎさ、

遅【おす】うなって暮れ時の山道ばテクテクお爺さんが来【き】おんしゃった

てじゃんもん。

そいぎぃ、

向こう方の石ん上にチョコッと狸の座っとっちゅうもんねぇ。

そうして、

「お爺さんを待っといましたあ」て、言うたて。

そいぎぃ、爺さんの思【おめ】ぇ出【じ】ゃあて、

「あらっ。こないだのお前【まい】じゃったかあ」て。

「お前、あぎゃん酷か目あわされて、元気になって良かったなあ」て言うて、

人間に言うごと話しかけんしゃったて。

そいぎぃ、子狸がさ、自分の側から小【こま】ーか瓢箪ば差い出【じ】ゃあて、

「お爺さん、こいばお前【まり】やっ」て、言うたてじゃんもん。

「こないだ、助けていただいたお礼です。こいばどうぞ」て言うて、

後ろは振り返え振り返えして、また山奥さい帰って行たちゅうもん。

ありゃあ、ぎゃん【コンナ】小【こま】ーか瓢箪ば狸のくいたにゃあ、

と思うて、お爺さんは小脇にその瓢箪は抱えて帰ってさ、

「どっこいしょ」て、我が茶の間に座んしゃった。

そして、瓢箪ば手にとって見たぎ、

プルプルってその小ーか瓢箪の中に何【なん】じゃい出【ず】ってじゃんもん。

あらっ、何じゃろうかあ、と思うて、手に取ってみたぎぃ、

また後【あと】から後からさ、粒の小ーかとのザクザクザク、お米て。

お米のいっぱい出てくってじゃんもん。

そいぎ、爺さんな、

ありゃあ、あん狸の、あぎゃんとば俺【おれ】ぇ、お礼にくれたにゃあ。

良かったばーい、

と思うてさ、その晩なお釜いっぱいご飯ば炊いて食べんしゃったぎ

美味【うま】かったてぇ。

そいぎぃ、

明日【あしちゃ】あは、また余計【よんにゅう】炊【ち】ゃあて、

俺【おい】ばっかいぎゃん良か目おうたけん、何処【どけ】ぇでん配ろう、

と思うて、翌日もまた余計【よんにゅう】ご飯ば炊【ち】ゃあて、

「子狸から貰うた。

瓢箪からお米の出て、この米の美味【うま】かこと、食べてくんさい」

ち言【ゅ】うて、配って歩【さる】きんしゃったてぇ。

そいぎねぇ、西隣【とない】に欲張り爺さんがおったちゅうもんねぇ。

そうして、

欲張い爺さんも、そこのお婆さんも、またそれ以上に欲張いじゃったて。

「爺さん。隣【とない】の爺さんな良かことばしとっ。

お前【まい】も子狸ば見つけてさ、瓢箪ば貰うて来んしゃい」て言うて、

婆さんが言うもんじゃい、

「俺も、そぎゃん思うとったあ」て、言うてばい、

お爺さんが十日も山ん中を、刺【とげ】の刺【さ】さったいないたいして、

ようよう命がけで捜【さぎ】ゃあて歩【さり】いてさ、

子狸のぼろぼろば【汚イ子狸ノコト】いっちょ見つけたちゅうもん。

そうして、縄で括【くく】ってきて、あの、

里さい持って来て子供達に、

「お前達、寄って来い。生きたおもちゃばくるっばい」て、言うたぎぃ、

子どんが、

「ワイワイ。ほんなこてぇ、生きた狸。こりゃ、良かばい」て言うて、

手に持って貰おうでしたぎひっ【接頭語的な用法】掻【か】くちゅうもんねぇ。

「あら、ぎゃんひっ掻く」て言うて。

爺さんは、

「いんにゃ、怖【えす】かことなか。お前【まい】達、くるっ。

そぎゃん、狸ゃひっ掻【き】ゃあたいなんしたいすっくさい」て言うて、

やったぎぃ、今度、かぶいつくちゅうもん。

「いやあ。こりゃあ、かぶいつく」て言うたぎぃ、

その爺さんな、

「そいぎぃ、投げつけろう。

ぐっちゃいなっ【グッタリシオレル】ごと投げつけろう」て、言うたぎぃ、

「いんにゃあ。狸も横道【おうど】かとばい」て、子どんが言いよったいどん、

ベチャーッと投げて、棒で叩【たち】ゃあたぎぃ、おとなしく狸のなって、

クウクウ鳴【に】ゃあたてぇ。

そいぎぃ、欲張い爺さんな、

「もう、そんくりゃあで良かろう」

「そいぎぃ、ぎゃん横道かと返せぇ」ち言【ゅ】うて、

取い戻【もじ】ゃあてねぇ、わざわざ山さん連れて行たてさ、

「狸君、お前【まり】ゃ山さん帰って瓢箪ば持って来い。

明日【あしちゃあ】、持って来て良かばい。

瓢箪いっちょ忘れんごとばーい」ち言【ゅ】うて、

離【はに】ゃあてやったちゅうもんねぇ。

そうして、

欲張い爺さんなそいから先ゃ、毎日山さい行きよいござったいどん、

いっちょん狸が出て来んちゅう。

そうしてねぇ、ようよう三日目にねぇ、狸の出て来たてぇ。

そうしてねぇ、その狸がねぇ、

「忘れじ持って来たかあ」て、言うたぎぃ、

この前の爺さんにやったとよりもちぃっと太かとば、

「ほらっ」ち言【ゅ】うて、差い出【じ】ゃあたちゅうもん。

「良か、良か。こいいっちょ貰うぎ良かけん、

もうお前【まい】、帰って良かあ」ち言【ゅ】うて、

その欲張い爺さんな、その瓢箪ば我が家【え】さい持って帰ってねぇ、

もう待ちきらじさ、

「米、出ろ。米、出ろ」て言うて、瓢箪ば叩きんさいたちゅうもん。

あったいどん、何【なーん】もいっちょん出てこんて。

そいぎもう、

「米いっちょも出てこんにゃあ」ち言【ゅ】うて、

その瓢箪ば持ち上げて、パーッて、そけぇ投げつけたぎねぇ、

瓢箪の割れてさ、蛇がニョロニョロ、ニョロニョロ、

もう爺さんの逃げきらんごと蛇が余計【よんにょ】出てきて、

追っかけて来て、

首に巻【み】ゃあたい、かぶいちいたいして、

とうとう欲張い爺さんはねぇ、そこで死んだて。

そいばあっきゃ。

[一九二 腰折雀【AT五五四、cf.AT四八〇】【類話】]

(出典 蒲原タツエ媼の語る 843話 P156)

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