鳥栖市永吉町 久保 励さん(明41生)

 あのないー、うーん、むかし。

川向こうん籔(やぶ)んすんなきゃーくさい、

長者どんがござったげな。

そけにゃあ貝姫という娘御がござったてぇ。

何時(いつ)でん村ん者(もん)が持って来る

ススメ貝(ぎゃ)あてん、ゴウヒナてん、

ゴーツ貝(ぎゃ)あてん、田螺(たのし)てんば買うて

裏の川に放りこんで、

助けてやるごたる優しか心ば持っちゃったげな。

そうして、長者どんの所から見ゆる所は、

何処(どこ)でんこん長者どんの田ん中てん、畑じゃったげな。

ところが、ある夏の日照りが続いて、

毎日毎日カンカン照(で)りじゃった。

田ん中は焙烙(こーらん)尻のごつ真っ白くなり、

折角植えた稲は手を握って枯れかかったげな。

長者どんな毎日、

「八大龍王様、雨ば降らしぇてつかわっしぇ、

雨ば降らせてつかわさっしぇ」と念じながら、

田ん中回りが仕事じゃったげな。

そるばってん、いっちょん雨は降らず、

田ん中はごーほうなひび割れができて、

長者どんなラムネん玉んごたる涙をポタポタながして、

泣(な)っござったげな。

ある朝、何時(いつ)もんごつ田ん中回りに

行かっしゃった長者どんが、山陰でまた、

「八大龍王様、どうか雨を降らしてつかわさっしぇ」

と念じておると、小(こー)もして

恨めしかごたる着物(きもん)ば着た男が出てきて、

「長者どん、長者どん。俺(おどん)が水ばかけてやろうか。

そん代わり、水がかかったなら、

長者どん所(とこ)ん貝姫ば、嫁御にくれんな」

「途方もなことば言わさんな。貝姫は、あぎゃん器量よしで、

とても心の優しかもん。貝姫じゃなかなら何(なん)でんよかけん、

お前(まい)が欲しか物(もん)な何(なん)でんやる。

どぎゃんかい、そいでよかろうもん」

「ほんなら、もうやめとこ」

「そぎゃん、言わじぃ、水ばかけてくれんかい」ち。

「いやーばな」

長者どんは、水は欲しかばってん、娘はくりゅうごたなか。

どぎゃんしゅうかと迷ったばってん、

「そんなら、そぎゃんしゅうたい」と言って、別れたげな。

あくる朝、長者どんが角先に出てみると、

どん田ん中でん水がいっぴゃあかかり、

畦越しに水がドンドン流れとった。

枯れかかった稲が、青々と息吹きかえしとったげな。

「ああ、よかった、よかった。ばってん、

娘はどぎゃんしたならよかじゃろうか。困ったこっじゃあ」と、

ブツブツ言いながら、考えとったげな。

すると、昨日(きのう)の男がヒョッコリ出てきて、

「貝姫ば貰いに来たばな」

「こぎゃん、早(はよ)うからや。

今夜まで待ってくれんかん。頼むけのうー」

長者どんは家(うち)に帰り、

貝姫をいちばん強か家ん中に隠し、

何処(どこ)でんここでん、五寸釘で打っつけ、

蟻一匹入(はい)られんごとしたげな。

夕方になり、あの男がやって来て、

「俺を騙しとったな。俺(おり)ゃあ、ほんなこつ言うと、

大蛇やけんのう」と言うなり、長い長い大蛇になり、

貝姫の隠れとった家を七巻き半巻いて。そして、

「貝姫、出て来い。出て来んと、家ば締め倒すぞ」

と言って、ギューッと締め上げたげな。

すると、下柱(げばしら)がバリバリっと真ん中から折れたげな。

「まだ、出て来んとかい」と言って、

またギュウギュウ締めると、

本柱までバリバリ言い出したげな。

貝姫は大黒柱にしがみついて、

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と、

お念仏を唱えて、泣いておったげな。

そうして、何時間か経ったかわからんが、

急にあたりが静かになって、夜が明けて、

戸の隙間からちかっとばっかり、お光りが差し込んできたげな。

貝姫が、コッソリと戸の隙間から外を見ると、太(ふと)ーか、

そして長(なーん)か大蛇が、太か口ばポカーンと開けて、

動かんでおったげな。

そしてな、その大蛇の体いっぱい隙間もなかごつ、

ゴウヒナてん、田螺(タノシ)てん、ゴウツギャアてん、

シジミギャアが吸いついて、真っ黒になって死んどったげな。

貝姫は小屋に行って、ショウケ持っ来(き)、

「有り難う。有り難う」ち言(ゅ)うて、

また川ん中に助けてやったげな。

そるけん、あん川にゃ、今でん底が黒うなるごつ貝がおって、

川が黒かごつ見ゆっとたい。

[一〇一B 蛇聟入・水乞型(AT四三三A)]類話

(出典 鳥栖の口承文芸 P96)

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