鳥栖市永吉町 久保 励さん(明41生)

 庄屋どんの家(うち)は、

豪放(ごうほう)な金持ちじゃったげな。

田ん中も、畑も、

山も豪放(ごうほん)持ちごっざったげなが。

ある夏の日照りの時、十日も二十日も雨が降らんけ、

田ん中の稲は枯れ始めげな。

他の庄屋に相談して、九千部の千把焚きの雨乞いもしたげな。

そるばってん、雨はいっちょん降らん。

ある日、あの、谷間の田ん中なら、

水がかかっとりゃしぇんじゃろかと、思って田回りに行くと、

そこも空っぽで、もう庄屋どんの家(うち)の田ん中は

米一粒穫(と)れないようになっとったげな。

泣き泣き帰りかけると、そこに大きな狸が出てきて、

「庄屋どん、明日、私が雨ば降らするけんで、

安心してよかばな」

「ほんなこて雨ば降らするかい」ち。

「へぇ。そんかり雨が降ったなら、あんたん所(とこ)ん娘御ば

私(あたし)が嫁御にくれんな」

「娘がない、お前がごたる狸の嫁御に行くというなら、

やってもよかばってん、とても『ウン』たあ言うみゃ。

そるばってん、聞いてみやわからんけんでぇ。

雨だけは降らせてくれんかい」ち頼んで、

翌朝になると雨がボツボツ降り出し、一時間ばかりすると

バケツば引っ繰り返したごつ大雨になって、

田圃という田圃には水がタップリかかったげな。

すると、谷間の狸が出てきて、

「お嬢さんを嫁にください。約束したとおりばな」

ち言(ゅ)うけんで、庄屋どんが娘を呼んで、

「こぎゃなふうで狸と約束したが、

お前、行ってくるるかい」ち。

「えぇ。そんなら田ん中の水を貰(もろ)たっじゃけんで、

私でよかならおごさに行かやこて」と言うて、

気持ちよく承諾したげな。狸はほんに喜んで、

「何もいらんけんで、すごてゃーいっちょで、

いっちょ来てくれんね」ち言うと、娘さんが、

「うんにゃあ、狸さん。

いちばん世の中で大事なのは水じゃけんで、

お父っちゃんから水甕(みずがめ)ばいっちょ貰って行くけんで、

そるばあなた背負(かるーし)てくれんな」ち。

「水甕なら、もうたやすかこったい」言うて、

水甕の首に荒縄でシッーカリと括り、自分の体に巻きつけて、

狸が出かけようとしたそうな。

すると、娘が納戸から小さな風呂敷包みを一つ持って、

「それでは、お父さん行って来るばな」ち言うて、

狸の後ろについて、山道の方へ出かけたげな。

すると、川の中にきれいなお月さんが出ておって、

それが映っている。娘はそれを眺めて、

「ああ、あんお月さんの美しかこつ。

ほんにあぎゃんとば取ってみたら、どんなによかろう」

ち、言いますと、狸が、

「そぎゃーん、あぎゃなお月さん取るくらいなら、

何事(にゃあごっ)でんあるもんかい」ち言うて、

川の中にゴボゴボ、ゴボゴボ入って、

お月さんを取りに行ったげな。

狸が近づくと、お月さんは更に向こうの方へ

逃げて行かっしゃっ。

狸が追いかける。

そうこうしていると、狸の甕の中に水が入って

ゴボゴボ、ゴボゴボ、ゴボゴボっという音をたてて

狸と一緒に川の底に沈んでいったげな。

娘嬢は一時間(しかん)も二時間(しかん)も狸が

浮き上がっているのを待ったばってん、

何時まで経っても上がって来んじゃったげな。

それで娘は風呂敷包みをいっちょ抱えながら、

泣き泣き家(うち)に帰って、

「お父さん、こぎゃな風で、

とうとう狸の聟さんは死なれたよ」と。

そして、狸の墓を造って毎日毎日、

お供養に参り行きよったげな。

ところが、村の人(しと)達が、それを聞いて、

ああ、狸は雨の神さんなら、

今から雨が降らん時は狸踊りばして、

雨乞いばしぇやあこて」と言うて、

日照りになると狸の真似をして、

川の中で踊り狂って狸の雨乞いをしたげな。

[一〇一B 蛇聟入・水乞型(AT四三三A)]類話

(出典 鳥栖の口承文芸 P98)

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