鳥栖市東町 岩崎福治さん(明31生)

 鏡山のふもとの青年がくさ、そん寄って、

昔のことじゃけんちゅうて、その、青年宿で

何か会食をやりよったちゅ話じゃ。

ところが、その、勘右衛門がどこから聞いたか知らんばってん、

そこん家に立っちから、

「もしもし。」

「誰か来たぞ。」

「もしもし、ちょっと開けてくれ。」

「あ、勘右衛門ぞ。」

「あ、勘右衛門なら、もう開くんな。」

「いや、もしもし、こぼるごとあるけん、早く開けてくれ」

そいから、こん、

「何か持ってきちょるじゃろうね。

こぼるっごたあるって言ようけん、それじゃ開けちゃろう。」

ちゅうてから開けたところが、

「あー、良かった。涙がこぼれようあった。」

それから、

「何か。」言うたら、

「いやあ、お前、何し会食ばやりよるか。」

「いやあ、今日は、泥鰌ん、とれたけんて、

どじょうのみそ汁ぞんやりよう。」って、

「いやあ、おれば一口かたせてくれろ。」

「いやー、お前んごたあとはかたせん。」

「いや、どうでも良かばってん、

俺は豆腐ば出すけん、かたせてくれろ。」

豆腐ば一日持ってきとったらしか。

それからそんなら、豆腐はちゅうなら、

やろうちゅうこたあ風で、豆腐を鍋ん中、

そん時は入れさせちゅうてから鍋ん中入れた。

ほして、泥鰌も入れた。

そして、炊いたところが、炊いて炊きあがったところが、

「俺は、もうかたらん、帰ろう。」

「そいけん、豆腐だけは返してくれろ。」

って言うたっちゃ。

「そんなことがあるか。」

ちゅうたっち。

「いやあ、俺はもうかたらん。」

ちゅうて、食べようということで見てみたら、

あとは泥鰌も何も無か。

豆腐の中にみんなのめりこんどった。

(出典 鳥栖の口承文芸 P210)

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