唐津市神集島 高崎正道さん(年齢不詳)
むかし。
あるところの料亭の奥さんが、田舎から仲居さんを雇った。
その仲居さんは、言葉づかいが悪かったので、そこの奥さんが、
「お客さんが、いらした時ね、あんたんごと言葉が悪かったらいけない。
初めに<お>を付けなさい。まぁ、極端に言えば、大根とか、味噌汁とか言うのをね、
『お大根』『お味噌汁』と、言うように言え」と言った。
ある時、仲居さんは井戸へ水汲みに行った。
井戸の石の上に蛙(ビキー)がいた。
仲居さんがつるべを動かしたら、井戸の中に蛙が飛び込んだ。
仲居さんは奥さんから<お>を付けるように言われていたことを思い出し、
「お井戸に、お水汲みおいたら、お石のお上に、お蛙がお坐っておりました。
おつるべのお先に、おいたのが、おちゃぽんとおいちゃいました」と言った。
奥さんは仲居に、
「あんた、そいは【それは】)わからん」と言った。
仲居さんは奥さんに、
「だけど、奥さんが、『<お>の字を付けろ』と、言われました。
だから、<お>を付けて言いました」と言った。
すると奥さんは、
「だったら、もうこれから<お>を付けんでいい」と、仲居さんに言った。
それから、しばらく経ってから、奥さんは仲居さんに、
「漬物の桶(おけ)をあげて来い」と言った。
仲居さんは<お>を付けるなと言われていたので、
「けのなか納戸。けのなか納戸」と、奥さんに言った。
奥さんは、何のことだかさっぱりわからないので、
「もういい。今まで通り言いなさい」と、仲居さんに言った。
だから、教えた奥さん自身がわからなくなったように、
田舎者だからと言って、何でもかんでも<お>を付けなさいなどと、
言うもんではないと言うことさ。
(出典 佐賀の民話2集 P233)