嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

田舎でねぇ、とても可愛いみいちゃんちゅう娘の子のおったてやんもんねぇ。

その娘は、もう恐ろしゅう良か娘で、

一人っ子じゃんもんじゃい家中の者(もん)から、

代わり代わりどがんしてちゅうごと大事に育てられよったちゅう。

そいぎぃ、娘盛りになったぎね、

ヒョーッと目つきの違(ちご)うとっごと見ゆって。

そいぎぃ、何(なん)ももの言わんごとなったて。

「みいちゃんな啞(おし)になったとう」て言うて、ちぃっとももの言わんて。

そうして、山の方を見て、ジーッと見て、

ニャアーニャアー笑うたいしおっちゅうもんねぇ。そいぎぃ、

「みいちゃんな、ありゃあ、気の狂うたとばあーい。

笑(わり)ゃあはしよいどん、ものーは言わん」ち言(ゅ)うたぎぃ、皆が噂しおったて。

そいぎぃ、ある晩ねぇ、ジーッとお母さんが見おったぎぃ、

「コンコン、コンコン」て泣きよって。

大きな物(もん)ば口でビリビリ、ビリビリ破い、頭の影も気狂いのごと、ガサガサすっ。

そうして

「キャア、キャア」て、時々言う。

「奇妙の悪かにゃあ」ち言(ゅ)うて、お父さんに相談しんしゃった。

「そいぎぃ、こりゃあ、お参りないどんしてみゅうかあ。怖(えす)かにゃあ」

て言うて、お呪いの所に連れて来んしゃったぎぃ、

「こりゃ、裏山の狐の憑いとっ。野狐の憑きばい」て、その、言んしゃったて。

「そしてみいちゃんは連れて、来てくんさい。

そのひっ付(ち)いて、野狐ば離さんことにゃ、何時(いつ)まってん、こやんふう」て、

占いする人、言んさったもんじゃっけん、占いさんの家(うち)に連れて、

「家に十日十晩も、みいちゃんな預けんさあーい」て、言われた。

そいぎぃ、今まで語い口周いしよったいどん、占いさんの家(うち)に十日預けるごとなった。

「その代わり毎日、白豆腐ば板(ばん)に載せて、届けてくんさい」て、その占い師の言んさったけん、

「そぎゃんことは易いこと。必ず、約束どおりお届けします」ち言(ゅ)うて、

毎朝、その白豆腐ば届けて行きおったて。

そいぎぃ、占いさんは何(なん)とか訳のわからんごたっ経だんの恐ろしゅう体を、

背中を叩いてみたり、そいからもう、吠ゆっごたお経ば言うてみたりしおんさったあて。

そうして、みいちゃんな、やっぱいお経ば上げても同(おな)しこと、て思うとんさったぎぃ、

十日目の朝にねぇ、野狐のごと、

「ギャアー、ギャアー、ギャアー」て、みいちゃんが言うてさい。そいぎぃ、

「奇妙の悪かごたんにゃあ」て、豆腐ば見たぎぃ、

そいぎ野狐の連れ子の幾らーでん、ズーッと豆腐ばうっかんがえ(壊シ)とったて。

そうして、そん時、占いさんの見んさった時ゃ、

「キャアー、キャア」て、二匹(こん)鳴(に)ゃあて、そして何(なん)か知らんけど、

そいからが何(なーん)のこともなかて。

昨日(きのう)貼ったばかいの障子は、もう太うー破っとったて。そいぎぃ、占い師さんな、

「こりゃあ、良か。うーん逃げていたばあーい」て言うて、

「みいちゃん」ち言(ゅ)うたぎぃ、

「はあーい」て、言うたて。

「お前(まい)は、もうソロソロ聟さんば貰わんばらんばい」

「ちゃあがつかあ(恥ズカシイ)」て、当たい前に話すごと、そいから先ゃなったちゅうよ。

そいけん、十日目の朝に野狐の離れていたて。

野狐の離るっ時ゃ、豆腐に足跡ばつくとくちゅう、いう話です。

これは本宅の婆ちゃん。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P827)

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