嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

峠にはとても猛た狐がおったてぇ。

そいで、夜遅(おす)う峠ば帰いよん者(もん)なもう、

決まって騙されじにゃおらんじゃったて。

そいぎぃ、ある晩のことねぇ、元気か若(わっ)か者(もん)どんは、

四、五人連れで夜、隣村での相撲取いぎゃ行たての帰り道、

その峠にブラブラ歩(あゆ)うで来(き)おった時分にねぇ、

「今夜どまあの狐の出んかいにゃあ。出て来っぎ面白かいどーん」て、

四、五人もおんもんじゃう、怖(えず)うはなかもん、ぎゃん話(はに)ゃあて来おったて。

「ヒョッて出て来(く)っぎさ、俺(おい)どんが取っ捕まえてやろうやあ。

どぎゃん猛とっ狐でん、こぎゃん若か者揃いじゃ怖(えっ)しゃすっばーい」て言うて、

話(はに)ゃあて峠ばさい越えて来(き)よったて。

あったぎねぇ、下ん方の浜からさ、

「助けてくれー。早(はよ)う助けてくれー。キャー」

て言う、声の聞こえたちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、若か者どんが暗かったけん、

こうして見たぎねぇ、舟が岩に乗り上げとっちゅう。

「こりゃあたまらん。俺(お)どんが加勢に行かんぎぃ、舟は動かんばい。

早う行こう、乗い上げとんもん」ち言(ゅ)うて、

全部(しっきゃ)あ良か若か者ばっかいじゃったもんじゃい、

走って行たて舟ば一生懸命押したて。

あいどん、舟のいっちょん動かんてじゃっもん。

そのいちもう、長(なご)うやいせいこいせして(アアシタリコウシタリシテ)、

しってんにてん(デキル限リノコトヲ)舟ば動かそうでしよったち。

そのうち、とうとう東ん空はしらみかかって(明ルク夜明ケニナッテ)きたて。

あったぎぃ、良(ゆ)う見てみたぎさ、我がどんが汗びっしょいなって

押しよったた舟じゃなし、太ーか岩じゃったちゅう。

「ありゃあ、こりゃ岩たい。幾ら押したてちゃ動かんはず。

ああ、我がどま狐ばやいつきゅうで思うて、峠ば越えて来よったぎぃ、

とうとう狐に騙(や)られたあ。騙(だま)されたあ」ち言(ゅ)うて、

若か者どま全部(しっきゃ)あどめ悔しがったちゅう。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P818)

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