嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 峠の菜種売りさんでも狐に騙されたちゅうばい。

峠に菜種売りさんがおって、菜種ば担(いの)うて、

油ば売って歩(さる)きよんしゃったもんねぇ。

あったぎぃ、ズーッと来(き)おんしゃったぎぃ、急に暗うなったもんじゃい、

一軒屋のあったけん、そけぇ泊まんさったちゅう。

そいぎぃ、自分のこけ寝て良かあ、ていう部屋に宛行(あてが)われとっ所(とけ)ぇ泊まろう、

と思うとったぎぃ、行燈の火のなかもんじゃっけん、

ぎゃん暗かもん、我が油ば持っとけん、

(昔ゃ、行燈に油ばして、そうしてじみで明かりばつけよったもんじゃい、その種、)

油売いさんじゃったその人は。そして、我が行燈に油ば足して火ばつけんさいたて。

あったぎぃ、一時(いっとき)したぎまた、フッて、消ゆってじゃっもん。

「ありゃあ、つけようの悪かったかなあ」て言うて、

また自分の売り物の油ばつぎ足して、芯につけたいどん、たまフッて、消ゆって。

「ありゃあ、油の少なかったとばい」ち言(ゅ)うて、また沢山(よんにゅう)つけ足したぎぃ、

まあいっちょ良(ゆ)うつけんまにゃあ、と思うとっ。また、きゃあ消ゆって。

おかしかにゃあ、真っ暗かとこれぇ、何(なん)いっちょでんされん、

と思うて、油ばつぎ足しゃあ明かいばつけ、消ゆって。

こいばこうしよったぎぃ、そいもさ、近くの田圃に稲束を結(い)いぎゃ来とった

村ん者(もん)達が、そいば良(ゆ)う見よったて。そうして、

「あの油売りゃ、田圃ん中で油ば零(こぼ)し零ししおっ」て。

「ほんな根つうには、ありゃあ犬(いん)じゃなかろう。

尻尾の太かけん、狐じゃろう」て。

「あの、狐が油ば舐(な)め舐めしよっけんが、火はきゃあ消ゆっさい」ち言(ゅ)うて、

もう村ん者(もん)達ゃ見よったいどん、余(あんま)い可愛そうかもんじゃいけん、

「こりゃ」ち言(ゅ)うて、その狐を棒持って行たて追い払ったぎぃ、初めて油売いさんな気のちいて、

「ありゃあ、狐に騙されよったあ」て言うて、頭ば掻(か)きんさいたてぇ。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P817)

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