嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしねぇ。

そん辺(あたり)にはもう、店はなかったてぇ。魚(さかな)屋(や)が一軒あったちゅうもん。そいけんもう、競争相手もなかもんじゃい、店の魚屋の主人は、目玉の飛び出(ず)っごと値段を魚につけて売いおったちゅうもんねぇ。

そこに、ある日ねぇ、見知らん一(ひと)人(い)の男が、

「親父、そん魚をいっちょくれ」と言った。そいぎぃ、店の主人は、

「はい、はい。これですかあ。こいはねぇ、魚じゃございません。蛸(たこ)というものでございますよ。『一口蛸』て、言うもんですが、よろしゅうございましょうかあ」て、言うたぎぃ、

「何(なん)でも良か、良か。そいをくれぇ」て言うて、高(たっ)か値段でその人は、買(こ)うて行きんしゃったて。

そいぎぃ、魚屋の主人は、あん人は何(なーん)にも知らんとばいにゃあ、と思うて、おったあて。主人は高い値段を特別ふっかけとったて。あいどん、

「よし、よし」ち言(ゅ)うて、銭ば払うて行たて。

ところがまた、翌日(あくるひ)その男がやって来て、

「今日は、そっちん方のほんな太か魚ばくれ」て、言んしゃったて。

「こっちはとても高(たこ)うござんすよ。良かですかあ」て言うて。

「高うしてでん、何(ない)してでん良か。幾らだい」て、言んさっもんじゃっけん、

「昨日(きのう)も買(こ)うてくんさったけん、安うしときます」

法外のお値段を、そいどんねぇ、高(たっ)か値段を言うたてぇ。法外の値段は取らんですよ、など言うたいどん、高か値段じゃったて。そいどん男はビックイもせじぃ、

「そうかあ。なるほど高(たっ)かねぇ」て、言うたぐらいじゃったて。そいぎ魚屋は、この親父に余(あんま)いすまんごとしたけん、

「そんなら、そん替わりに、これを買(こ)うてくんさった替わりにこれを添えて差し上げます」ち言(ゅ)うて。

そうして、一口蛸を四、五匹も添えて出したて。そいぎ男は、一時(いっとき)そいば見おったぎぃ、

「そいぎぃ、この一口蛸はただでくれるわけかあ」て、まいっちょ念ば押したちゅうもんねぇ。そいぎ魚屋が、

「はい、はい。本当にただでございます。お値段は取りません。ただでございますとも」て、言うたてじゃんもん。

「確かにそれを聞いたぞう」て言うて、念押してねぇ、

「うぅん、そうか。そいじゃ今日は、蛸の方だけを貰って行くぞう」と言って、一口蛸を四、五匹持ってサッサと帰って行きんさったて。ただの蛸ばっかい貰うて帰ったと。

そいばあっきゃ。

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P1576)

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