嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むーかしむかしねぇ。

ある大百姓ん所にさ、一(ひと)人(い)の男がやって来てねぇ、

もう大百姓は朝は早(はよ)うから夜は暗(くろ)うまで、

もう雇い人と一緒なって檀那さんも働きんさっけん、

もうますます栄えて大百姓じゃったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、ある日、

もう何処(どこ)の素姓かわからん若(わっ)か者のねぇ、やって来て、

「私(あたし)ゃねぇ、こぎゃん小(こま)ーかいどん、

仕事さすっぎもう、

誰(だい)でん、『あんさんにのす者はなかあ』て、言わるっけん、

こなたでいっちょ仕事させてください」

て、言うたて。

「あいどん、沢山(よんにゅう)銭(ぜに)ばやっては雇えやえん」て。

「知らない百姓のこっじゃっけん」

て、その檀那さんの言んさったて。

「いやあ。お礼ばさき望うでは来とらんとばーい。

まず私に仕事ばさせてみんさい」て言うて、

その若(わっ)か者(もん)が言うてじゃっんもんねぇ。

そいぎぃ、

「仕事は何時(いつ)ーでんも、沢山しいきらじばっかいおっけん、

大助かりします。

そいぎぃ、

あつこの麦畑を耕していただきたいです」

て、その檀那さんが言んさったぎぃ、

「はい。承知しました」

て言うて、あの、畑ば打ちぎゃ行たて。

そうしたぎねぇ、

人の三人前がとも、もう打ってねぇ、帰って来たちゅう。

そいぎまたねぇ、

翌日も、

「私は帰って来る暇の惜しかけん、弁当を作ってください」

て言うて、弁当作ってもろうて。

そうして

畑を耕しに行ったちゅう。

そいぎぃ、

そん時も恐ろゅう仕事のさばけて帰って来たて。

そいぎぃ、

「檀那さん、もう仕事は、畑打つとは

まあーだ他に何処(どけ)ぇあっと」

て、聞いたぎぃ、

檀那さんは、

「なか」て。

「あい、

ぎゃんさばきゃあたばんたあ(コンナニ仕事ガハカドッタヨ)」

て、言うたら、

「あーん。お前(まい)さん、

飯ば食(き)いよんもんじゃい、さばくっはず」

と言うてね、檀那さんが。

「飯どんが畑ば打ったたーい」て、こう檀那さんが話しんさったて。

話のついでに言んさったて。

あったぎぃ、

「今度はなあ、そんない

あそこばして終わったら田を打ってくれ」

言うてねぇ、頼みんさったあて。

そいぎねぇ、田圃は畑よいか打ちにっかいどん、

沢山打ったろうなあ、と思うて、

檀那さんが仕事の途中ば見に行きんさったて。

夕方にねぇ。

あったぎぃ、

そこにねぇ、棒ばいっちょ、田圃に突きさして、

それ、弁当がブラ下がっとって。

そして見てみたぎね、そこん側に昼寝しとっちゅうもん、

その男はねぇ。

そいぎぃ、

「あら。これ、これ。お前(まい)は昼寝しちゃ、だめ、だめ」

て、こう、檀那さんが言んしゃったて。

そいぎねぇ、その男が起きて言うには、

「檀那さん、

『飯も働きおっし、飯の仕事しおっ』て、言んさったろうがあ。

そいけん、

そけぇ弁当ばブラ下げとっ。弁当は飯じゃっもんねぇ。

そいけん、弁当の働きよろうで思うて、こけブラ下げとおっ」

て、言んしゃったて。

「そぎゃん、わさん。

私(わし)が言うとの、弁当のご飯ば食べて働きおっ」て言うた。

そいどん、

その男が仕事すっちゅうぎぃ、滅茶苦茶さばくっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

まあーだ、あつこには、あの、

種を蒔かれん所までちい打ったいすっけんが、

あの、檀那さんが、

「いっちょ、君に注文がある」て。

「きゃん雇われて来とんないば、

主人の言うごとしてくれんぎぃ、

もう滅茶苦茶仕事ば余(あんま)いさばかされても、

段取いのあっけん困っ」て。

「今日はあすこばぎゃしこらして、

今度はあすこのあがんとばせんばらん。

いろいろつもいのあっけんなあ。

私(わし)の言うごと。

仕事は余(あんま)いしすぎっき私(わし)にも都合の悪か」て。

「そいけん、言うごとしてくれんやあ」

て、こまごま言んさったて。

「はい。わかりました」て、言うたぎぃ、

「このもう、畑も耕してしもうた。田ん中も耕してしもうた。

そいで、

菰(こも)ばいっちょ編んでくれやあ」

て、頼みんさったて。

「承知しました」ち言(ゅ)うて、

庭に座って、トロトロ、トロトロ菰ば、

その男が編みかかったちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

一時(いっとき)してから檀那さんが、

大抵(たいて)ぇ何枚(なんみゃ)あ菰ば編んだないなあ、と思うて、

行たてみんさったぎねぇ、

「何枚あ菰は編んだとやあ」

ち言(ゅ)うて、聞きんしゃったぎねぇ、

「まあーだ、何枚あも」て。

「その一枚あも編んどらんかあ」て言うと、

「いんにゃあ、一枚目」て、こう言うそうです。

そうして、見たところが、

もう長い長い菰のズーッとその小屋いっぴゃああった。

そいぎぃ、

檀那さんのビックイしてね、

「はあ、やめてくれ、やめてくれ」て、言んさったけん、

その男はやめた。

そうして、

その男が言うには、

「旦那さんは、『私(わし)が言うごとしてくれ』て、言んさったけん、

『菰ば編んでくれ』と、おっしゃったから、

菰ば編み始めた」て。

「あいどん、

『やめてくれ』と、おっしゃらんから、今までやめじ編んどりました」

と言うて、

もう本当に長い長い、こう長いね、長かとばさ、

菰ば編んで、あの、その男がおったて、ね。

そういうことです。

だけどもねぇ、

そいから先ゃ、主人の言うたごと忠実にその男が働きましたて。

そいで、

その百姓屋さんも、とても仕事はさばけ、もう捗(はかど)って、

何でも収穫の良(ゆ)うなって、恐ろしゅう金持ちになんさったて。

そうした時分に、その若(わっ)か者な、

「もう、私も一人前(いちにんまえ)ないたかけん、お暇をください」

て言うて、暇を取って何処(どけ)ぇ行たのか、

そいから先ゃね、

誰(だーい)もその男ば見た者(もん)はなし、

何処ん辺(たり)おっちゅう噂もなかったて。

そいぎぃ、

近所近辺の者の言んしゃっには、

「あすこの金持ちになった百姓家さんは、

もう真面目か一方の働き者じゃっけん、

神さんのあん男ば加勢にやんさったとばい」

て、言う者ばっかいやったて。

そいばあっきゃ。

[五九〇 仕事は弁当、五九二 高知草履(類話)]の複合

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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