嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーし。

ある漁師の町に、一日でん、一時(いっとき)でん酒なしではおられん網元がおんしゃったちゅう。そいぎぃ、網元の小僧さんに何時(いつ)ーでん酒買いにやいよんしゃったちゅうもんねぇ。

ところが、酒買いに行く途中には関所ば通らんば行かれんじゃったちゅう。ところが、その関所にも、また酒好きの役人がおったちゅうもんねぇ。そうして、

「おい。今日は酒買いかなあ。そいぎぃ、帰りには私(わし)も一口飲ませろよ。そいぎぃ、ここを通っても良かぞう」

そぎゃん言うちゅうもん。そうして、何時ーでん帰りにこの役人に一口ずつ飲ませんばらんやったちゅう。

そいぎぃ、ある日、網元が自分で台所に徳利を取りに行ったて。

「小僧、今日の徳利の酒は軽いぞう。お前(まい)がひん(接頭語的な用法)飲んだとじゃろう」て、嫌みを言うたてぇ。そいぎ小僧さん、

「いいえ、いいえ。そがん滅相(めっそう)なことありません。そがんことしませんよ」て言うて、言うたので、網元も信じたて。

そして、また翌日なっぎぃ、

「小僧、酒買(こ)うて来てくれ」て言うて、また使いに出すちゅうもんねぇ。

そいぎまた、小僧さんな、あの役人がさ、また飲ませろ。また飲ませんぎ通らせんばい、て言うのが、嫌だなあ。良か知恵のなかろうかなあ、と思いおったて。そうして、名案がようようして思いついた。今度は、あの徳利に潮水を汲んで一遍行たてみゅう。そいぎもう、ウンザリして役人な、飲ませろて言わんかわからん、と思うて、潮水入れた徳利ば抱えて、関所さい来たちゅうもんねぇ。そいぎぃ、じき役人が出て来てさ、ニコニコして、

「そいぎぃ、小僧。徳利の酒ばなあ、一口なあ」て、言うたちゅうもん。そいぎ小僧は、

「今日は酒じゃありません。潮水ですよ」て言うた。

「馬鹿言え。そぎゃんことがあんもんか。俺様にそぎゃん、『潮水』ち言(ゅ)うこと、通せん。お酒にきまっちょろうがあ」て、言うもんじゃい、

「本当に潮水ですけど」て、高(たこ)う言うたけども、もうその徳利ば口につけて、ゴクゴクゴクて、飲んだて。

「ありゃあ、ほんなこて潮水じゃった。ゲェー」て、吐き出(じ)ゃあて、

「ああ、私(わし)ゃ具合が悪うなったよう。他ん者と交代すっ」て言うて、交代したけん、小僧さんはそいから引き返して、今度ほんなお酒を徳利いっぴゃあ買(こ)うて帰ったちゅうよ。

そいばあっきゃ。

〔五八四 酒と小便〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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