嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかしねぇ。

村にさ、

恐ろしか蕎麦(そば)ば大好きな樵(きこり)さんがおらしたと。

そいで、ある日のこと、

山仕事がすんで山道を帰おったぎぃ、

その樵さんが帰って来おったぎばいねぇ、

蟒蛇(うわばみ)のさ、旅人ば追っかけよったちゅう。

そいぎぃ、

樵さんは側にあった木に、早(はよ)う逃げんばと思うて、

スルスルスルって、登っといさいたちゅうもんねぇ。

そうして、

木の上から見よおいさいたぎぃ、

その旅人ば追っかけて来て。

そうして、

ゴーッて、ひん呑んだて。

あったぎねぇ、

恐ろしか気の毒(どっ)かごとお腹(なか)の膨(ふく)れて、

蛇のお腹の膨れてさい、一時(いっとき)動きえじもう、

ふくずうどったて(ウズクマッテイタト)。

そいどんばい、

一時ばっかいしたぎぃ、ソロソロ起き出して、

そこん辺(たい)の草ん中にパサパサって、

しおったぎ何(なん)じゃい見つけ出ゃあて、

ペロペロって、舐め始めたちゅうもん。

あったぎねぇ、見よっうちお腹の細うなって、

ペショッてなったて。

そいぎぃ、

その蟒蛇は何時(いつ)んはじじゃい

何処(どこ)さいじゃ行たてしもうたちゅうもんね。

そいぎぃ、

樵さんなそいば見よって、ああ、怖(えす)かったにゃあ、

と思うて、木から降りて、

ほんに不思議かこともあったにゃあ。

何(なん)ばあの蟒蛇は呪(まじに)ゃあおったろかにゃあ、

どいば舐めおったろうかにゃあ、と思うてねぇ、

道端ばこうこうしてあせくっ(イジル)て見よんさいたぎぃ。

あったぎぃ、あったてぇ。

ここん道端(みちばち)ゃあ、

何(なん)ていう草じゃい知いはせんどん(知リハシナイケレドモ)、

ほんなそけぇ落(あ)えとったけんねぇ、

そいば舐めて

ちぃっと(少シ)まあーだ濡れとったけん、

「ありゃあ、こん草ば舐むっぎぃ、

ぎゃんお腹(なか)のどいしこ食べてもペサーッて、

やっばいのう」て。

「今日(きゅう)は良かとば見たにゃあ。

怖(えず)うもあったいどん」

ち言(ゅ)うて、誰(だい)でんこれは教ゆっみゃあ。

ジーッと我がばっかい知っとろう、と思うて、

帰らしたちゅう。

あったぎねぇ、

四、五日そいから経った日にねぇ、

恵比寿さん祭いのきたてじゃっもん。

そうして、

その恵比寿さんの祭いには毎年その、

蕎麦食い競争あっとたい。

そうして、

蕎麦ばどいしこ食うてでん良かて。

沢山(よんにゅう)食(く)いえた者(もん)な、

いちばん沢山食うた者な銭(ぜん)な払わじ良かて。

食い儲け、食い道楽じゃったて。

食い儲けねぇ。

そいぎぃ、

「恵比寿さん祭いのあっばーい」

て、家(うち)帰ったぎぃ、嫁さんが言うたて。

そいぎぃ、

かねて蕎麦が大好きな樵さんじゃっもんじゃい、

ニターッて笑うて。

そうして、

我が一等になっばい、

こりゃあ沢山今度こそ食うてみゅうだい、と思うて、

その、行きんしゃったて。

そして、

心ん中じゃ、あの草ばさい、ひん舐むっぎ

スカーッとお腹(なか)のなんもん、と思うてね、

ほくそ笑(え)んで。

そうして、

恵比寿さん祭いに出かけらしたちゅう。

あったぎぃ、

蕎麦食い競争の始まったぎ樵さんな蕎麦ば食ぶこと、食ぶっ。

怖(えす)かごと蕎麦ば沢山(よんにゅう)食ぶっちゅうもんねぇ。

そいぎぃ、

見おっ見物人がビックイもしたいどん、

心配もしとったてぇ。

もう心配は跳び越えて怖(えっ)しゃあしたて。

あぎゃんまで食べて、こりゃどがんなんもんかいて、

見物人は怖しゃしとったて。

そうしてもう、

帰さみゃあは一等にはなったいどん、

樵さんは歩くとも辛かごたっふうで、ヨチィヨチィヨチィして、

大儀かごとして歩いて帰らしたちゅう。

そうして、

帰さみゃあ、あの山道ん辺(にき)さい通って、

あの草ば舐めらしたちゅうもんねぇ。

そいぎねぇ、

そりゃあ、その夜(よ)さいゃあ、

嫁さんがいっちょん待っといどん、

その樵さんは帰って来(こ)らっさんやったて。

あったいどん、

その恵比寿さん祭い行たまま、

四、五人その山道を帰る者(もん)達、

似たあごたっ着物(きもん)のそけぇ、

こうふっくうだごと(屈ミコンダゴト)して

あんもんじゃっけん、

「こりゃ、あの樵の着物じゃろう」

ち言(ゅ)うて、触ってみたぎぃ、

着物の中ゃあ蕎麦のいっぴゃあ入って、

蕎麦の着物着とったちゅうもんねぇ。

あったぎぃ、

そけぇ樵さんの嫁さんの、

「家(うち)ん人(しっ)たんな、

まあーだ帰って来(こ)らっさん」ち言(ゅ)うて、

迎いぎゃ来(き)よったとに出っかいしてねぇ。

そいぎぃ、

「こりゃあ、

あんたん所(とこ)の親父さんの着物じゃなかなあ」

て言うて、見らしたぎぃ、

着物は親父さんの着物じゃったいどん、

蕎麦の着物着て親父さんのおらっさん。

そいぎぃ、

その親父さんな、

その「とろかし草」てじゃい言うとば、舐めらしたもんじゃい、

人間が溶けてしもうてさい、

あの樵さんはねぇ、

そのソペロペロペロって、蟒蛇が舐めたとは、消化すっと、

と思うとらしたいどん、

ありゃ人間ば溶かしてしまう草やったちゅうもん。

そいもんじゃい、

もう樵さんは良(ゆ)う良う溶けて、蕎麦の着物着とったちゅう。

そいばあっきゃ。

[四五二 とろかし草(cf.AT六一二]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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