嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかしむかし

ある男がねぇ、京参りに行きんさいたてぇ。

昔は旅行ちゅうてめったになかったもんで。

「お前(まい)さんは徳のあんねぇ。

何日(なんち)でんかかろうだい」

「もう、何日でんかかっあ。

生きて帰りゆっぎ良かいどん、というごと長(なご)うかかっよう」

て言うて、旅に出かけさす。

着いてみたぎぃ、

京都の町は、きれーいな舞子さんやら、

きれーいか家ばっかいあって、

ほんに見物はあっちこっちもう、

ウットリしながら見て歩いて来たて。

いよいよもう、お金も沢山(よんにゅう)なか。

帰らんばならん、ていうごたふうで。

そいどん、

家内にみやげばいっちょ買(こ)うて行かんばらんねぇ。

何(なん)が良かろうかにゃあ。

いちーばん喜ぶごたっとば買うて行かんばねぇ、て思うて、

キョロキョロ見おったぎもう、

デンデン太鼓やら、そいから、ブンブン回しやら、

いろいろな物(もん)があったてぇ。

あのう、

大人には何(なん)もかも役に立つとば買うて行かんばらんねぇ、

て思うて、こうして見よったら、

おろいか小(こま)ーか味噌袋のごたっとば目(め)ぇかかって、

「こりゃあ、何(なん)じゃろうかあ」て、聞いたら、

「あら、こいをあなた見つけんさった。

こぎゃん良かみやげはなか」

て、その店の主人は、しきりにその褒める。

「そりゃあ、何(なん)ちゅうとやろうかあ」と聞くと、

「こいは、『知恵袋』ち言(ゅ)うて、一生役に立つ。

こいばみやげにすっぎ良かあ」

て、言うもんだから、ソーッと開けてみたら、

何(なん)てじゃい、お呪(まじな)いの書いてあったて。

そして、

<大木(たいぼく)より小木(しょうぼく)>

て、書いてあったてじゃんもんね。

まあ一枚ペローッて、開けたら、

<親切に用心>て、書いちゃあったて。

もう一枚開けたて見っぎぃ、もうそいっきりなかて。

そうして、終わりに、<チョッと待った>て、書いちゃあったて。

妙な、たったこいしころば良か知恵袋やろうかあ。

そいを店の人は、

「そいを見つくっ者(もん)はなか。

こりゃ、あとは多(うう)かなか」て。

「いっちょ二つどまあ買(こ)うて良かと」て言う。

「こいだけおみやげにすんない、恐ろしか役に立つ」

て、店の者はまた言う。

「そぎゃん役に立つとないば、こいば買うて行かじにゃあ。

こればくんさい」ち言(ゅ)うたぎぃ、

そいは飛び上がっごと値段の高かった。三十文もした。

あら、気色に値段の高いもんだねぇ、と思うたが、

そいを求めて、テクテク帰って来(き)よったて。

そいぎぃ、三日(みっか)目ぐりゃあになったぎぃ、

今まで日和続きじゃったとの恐ろしか空の曇って、

遠うか所(とこ)で雷さんのゴロゴロ鳴いよった。

鳴いかくっぎぃ、雷さんのくっばいのう、

と思うよりか早(はよ)うピカピカゴロゴロ鳴ったちゅう。

旅の男は、あの知恵袋にゃ、

<大木より小木>て、書いちゃったとば思い出して、

小木の方に雨やどりしよう。

「雷さんには恐ろしかもん」ち言(ゅ)うて。

知恵袋ばいっちょ役立たせじにゃあ、と思うて、

男が木の下にジーッと立っとったぎぃ、

もう雷さんはだんだんその男の近くに、

ゴロゴロ、ゴロゴロピシャって、ヒョッと目を開けたぎぃ、

太か木に雷さんの落ちて木がま二つに割れとった。

ありゃあ、こいがことじゃったか、命拾いしたあ。

やっぱいありゃ、三十文がとあったあ、と思うたとよ。

そいから、またズーッと、まあーだ、まだまだ遠うか。

ああ、また旅籠に泊まらんばならん、と思うて行きよったらば、

「寄っていらっしゃい。とても気持ちがいい宿です。

お寄りください」ち言(ゅ)うて、

きれいか女(おなご)どんが、もう袖引くてじゃもんねぇ。

そして中(なき)ゃあ抱きゆっごとして招いて、

「ああ、お待ちしていました。ああ、どうぞ」

て、そりゃ丁寧かと。

また男は、知恵袋のことば思い出しおったぎぃ、

<親切には用心>て、書いちゃったこいがことばいにゃあ、

と思うて、

「チョッと、私ゃ忘れ物(もん)してきた」ち言(ゅ)うて、

理由ばつけられんもんだから、

咄(とっ)嗟(さ)の知恵でねぇ。足を入れた宿ば飛び出して、

そうして、

ようやく我が家に着いたと。

宿に今夜泊まっても良かけど、

嬶は、どぎゃん待っとろうかにゃあ、と思うて、

心をはやって(急グ心デ)お家(うち)に帰んさったてぇ。

そうして、家(うち)の近くに来てみたぎぃ、

灯(あか)いがまあーだちぃとっ、こんな夜更けに。

そして、

ちょんまげ結うた男の家内の側に座っとるてじゃんもんねぇ。

ありゃあ、長(なん)かこと俺が留守すって知って、

家内は間男ばつくって、ぎゃんして良か男とおったとばい。

こん畜生(ちきしょう)、いち殺(これ)ぇてくりゅう。

ほんに歯痒(はが)いか。

人の留守を良かことにしてと、刀に手をかけた。

しかし、

あの知恵袋ば見てみゅうかあ、と思うて、開けて見たぎぃ、

あれには「チョッと待った」て、書(き)ゃあちゃった。

チョッと待った。

そいぎぃ、殺すとは何時(いつ)でんできる。

チョッと待った、を思うて、考え考え帰って行った。

「今、帰ったぞうー」て言うたら、

そのちょんまげした家内のお母さんが、

「ああ、ほんに長い旅、ご苦労さんでした。

さぞ、お疲れなさったろう。

娘が一(ひと)人(い)では、さぞ、無用心じゃろうと思うて、

私がこんな男のなりして留守番に来とりましたあ」

て、お母さんが言んしゃったてぇ。

そいぎぃ、男は、

「あの知恵袋ば買(こ)うたけん良かったあ。

ほんなこて家の宝にしよう。

ほんーに妻もろともいち殺しどんしとっぎぃ、

大事(ううごと)じゃったあ。

「チョッと待った」が利(き)けたあ。

もうーあの知恵袋は、良かみやげじゃったあ。

やっぱい知恵者のいう思慮分別が何時(いつ)でも大切かあ。

あの知恵袋が役に立ったあ」

ち言(ちゅ)うて、

ほんに知らない旅のみやげにほんーに感謝をしたて。

世の中には、ぎゃん良かよかこともあっけんねぇ。

そいばあっかい。

[五一五 話千両(AT九一〇、九一〇A)]

(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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