嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

ある田舎の正直なお爺さんとお婆さんがおったて。

お爺さんが言んしゃっには、

「私達どま、もう長(なご)うなか」て。

「そいで後生ば願わんば」ち言(ゅ)うてねぇ、

「町さい行たて、

後生ば買(こ)うて来(く)っばい」ち言(ゅ)うて、

お爺さんが太ーか買物袋ば背負(かる)うてさ、

そうして、町さい行きんさったちゅう。

「後生はなかでしょうかあ。

後生はございませんかあ」ち言(ゅ)うて、

見っけん歩(さる)きんさったいどん、町ん人達が、

「あんお爺さんの、

『後生はなかかあ』て、

面白か爺さんねぇ」て言うて、

「面白か爺さんが通るもんねぇ」て言うて、

見物しよったて。

あいどん、何処(どけ)ぇ行たても、

後生ちゅうとはなかてじゃっもんねぇ。

そうして、また元(もと)来た道ば

通って来(き)おったぎぃ、

「お爺さん、お爺さん」て、

呼び止むっ者(もん)のあったてぇ、

店ん中から。そいぎ爺さんが、

「後生はあっですかあ」て聞いた。

「あっ、あっ。あるとも。

見てくんさーい」て言われて、

「ああ、良かったあ」ち言(ゅ)うて、

その店しゃい行きんしゃったぎぃ、

人形ば見せてばい、

(そこは人形屋やったちゅうもん。)

そいぎお爺さんは、

「そいが後生ですかあ。あいば、二つくんさい。

俺(おれ)んとと、婆さんのとを二つくんさい」て

、注文しんしゃったぎぃ、

ノキーッと、真っ直ぐ立っとっ人形と、

ベチャーッと座っ人形とを見せて、立っとっ人形には、

「夜寝る時も、朝起きっ時も忘れじぃ、

『ノッキリ立ってござったかあ』て、言んさい。

そうしてねぇ、ベチャーッと座っとっ人形には、

『這いつくばってござったか』と言うて、

休むぎ良かあ。夜(よ)さい寝(ぬ)っ時ゃ、

そいば忘れんごとしんしゃい」て言うて、

その後生売いの店ん者の言うたちゅうもん。

そいぎぃ、お爺さんな、

「ああ、有難うござんしたあ。

有難かこっちゃっあ」ち言(ゅ)うて、

銭(ぜん)ば払うてそいば背負(かる)うて帰んしゃったて。

そうして、その晩早速ねぇ、

人形ば出(じ)ゃあて、立っとっ人形には、

「ノッキリ立ってござったかあ」て、

お爺さんが言んさったて。

その家に、時も時ね、

泥棒の来とったてじゃっもんねぇ。

「ノッキリ立ってござったかあ」て、

爺さんが言うたもんじゃっけん、

泥棒が、ありゃっ、

俺(おい)が盗みに来(き)とっとば、

爺さんな知っとらしたばーい。

ジーッと聞いてから、ジーッとしゃがんだぎぃ、

あったぎぃ、今度(こんだ)あ婆さんが、

後生ば唱えんしゃったて。

「這いつくばってござったかあ」て。そいぎ泥棒が、

「ありゃ、婆さんも俺(おい)の来とっとば、

ちゃーあんと知っとらす。

こぎゃん、こけぇウロウロしとっぎぃ、

捕まえらるっばい。

早(はよ)う逃ぎゅうだーい」ち言(ゅ)うて、

ちんちろ舞(み)ゃあして逃げたちゅう。

そいばあっきゃ。

〔三八二 鼠経(類話)〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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