嬉野市塩田町 蒲原タツエさん(大5生)

 むかーしむかし。

村はずれにお婆さんが一(ひと)人(い)で

住んどんしゃったて。

ある寒い暮れ方にお坊さんが通いかかって、

「こんばんは。

今晩一晩でいいから泊めてくれませんかあ」と、

言いました。

お婆さんは根っから(初メカラ。本当ニ)

の親切な人だったから、

「さあ、どうぞ、どうぞ。

私んごたっ所(とこ)で良かったら、

お泊まりください。

今夜はちょうどお爺さんの命日です。

本当に良かった。

死んだお爺様の魂が

お呼び申上げたに違いありません」て言うて、

ひとり合点して、

「本当に早速ですが、

お爺さんの命日だからお経さんを上げてください」て言う。

とてもとても丁寧に頼むのです。

ところがねぇ、

身なりを坊さんの格好をしていますが、

全くただの人でにせ坊主さんじゃったて。

お経の「お」の字も知らん人じゃったて、ねぇ。

そいぎぃ、心の中では弱ったにゃあ。

困ったことにちぃ(接頭語的な用法)なったあ。

こけぇ泊まらんぎ良かったあ。

幾ら悩んでも、

もう上り込んでいるから始末ができません。

仏様を拝まんわけいかんようになりましたて。

そいぎぃ、丁寧にうやうやしく仏壇に向かって、

「南無(なま)阿弥(ん)陀仏(だぶつ)、

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と、

繰り返し繰り返し、

「ナマンダ」ばっかい言いおったら、

部屋の隅ん方から鼠(ねずみ)がチョロチョロチョロ、

チョロチヨロチヨロって、

出たい入(ひゃ)あったいしょっ。

そいぎぃ、そいば目(め)ぇかかって、

にせ坊主さんはねぇ、

「オンチャラチャラ、

現われて南無(なあー)阿弥仏(まいだ)ー」て、

言んしゃったて。

そがん声ば立てんしゃったぎ鼠も、

ヒョロッと引っ込んで穴から

顔ば出(じ)ゃあて覗くごとしたてじゃんもん。そいぎぃ、

「オンチャラチャラ、

穴覗き南無(なあー)阿弥仏(まいだ)ー、南無阿弥陀ー」て、

また言んしゃったて。

そいぎぃ、

その太か声にその鼠のコソコソコソっと、

帰かけたて。そいぎぃ、

「オンチャラチャラ、

キョロキョロキョロあと戻り、

南無阿弥陀ー南無阿弥陀ー」ち言(ゅ)うて、

恐(おっそ)ろしゅう丁寧に

その坊さんは針金のごたっ声で、

言んしゃったちゅうもんねぇ。

そいぎお婆さんは、

恐ろしか信じきっているから、

「有難うございました。お爺さんが、

さぞ喜んだでしょう」と言って、そいから先ゃ、

「ほんに変わったお経ですねぇ」て、言うたけん、

こりゃあ大変です、とお坊さんは思い、

「はあー。

今はこんなお経が流行(はやり)ですよう」て言って、

ごまかしんしゃったて。

「そうですか」て言うて。

こりゃあ、化けの皮の知れんうち、

と思うて、夜の明けたぎ早(はよ)う、

早立ちしてそのにせ坊さんな帰って行きんしゃったあて。

そいぎぃ、あくる晩のことです。

お婆さんは、ああー、

お経ば今ん流行(はやい)ないば良(ゆ)う覚えんばにゃあ、

と思うて、夕飯の支度はそこそこで、仏壇の前で、

「オンチャラチャラ、

現われて南無阿弥陀ー」ち言(ゅ)うて、

やっておったら、

ちょうど泥棒が婆さんの家に来とったちゅうもんねぇ。

ありゃあー、婆さんの俺(おい)が来とっとば、

チャアーンと知っとっごたったあ、

て思(おめ)ぇよったぎぃ、

「オンチャラチャラ、キョロキョロ穴覗き」て、

やったもんじゃっけん、

まあーだビックイして、立ち止まったぎぃ、

「コソコソキョロキョロ、あと戻り」て、

お経ば唱ゆっもんじゃっけん、泥棒は、

「ああ、もう、婆さんがぎゃん、

俺の来(き)とっとば知って仏さんば拝みよっ、

と思うてるうち、泥棒の来とっことをチャアーンと、

知っとっなあ」て言って、

もうキョロキョロで逃げて行たて。

そいばあっきゃ。

〔三八二 鼠経〕
(出典 蒲原タツエ媼の語る843話 P363)

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